どこで読んだのだったか。「バッハは海である。」と聞いたことがある。無伴奏チェロ組曲にせよ無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータにせよ、たった一丁の楽器からこんな宇宙を感じさせるなんて、バッハというのは本当に偉大な存在だと思う。この録音が発売された当時「女性らしい繊細さはあるがバッハの雄渾さは感じられない。」と評され、第3巻は発売すらされなかったと聞く。わたしには信じられない。これほど鮮烈で雄渾な、強烈に鮮やかに響く演奏を特筆しないなどと。ここには現代では失った、「人間の」演奏する「行為」の.そのほとんど最上のものが刻まれている。マルツィは決して走らない、楽譜を落ち着いて音化する。そこから生まれるのは落ち着きと思慮、そしてその音楽はこの上なく鮮やかに響く…。これは素晴らしい録音だと思う。しかもこの時マルツィは30,31才。すごいとしか言いようがない。録音は極上。鑑賞するのに不満はない。