
ブラームス:ドイツ・レクイエム / ヘルベルト・フォン・カラヤン、他
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上り坂にあるカラヤンの渾身の演奏です。まず弦の音が良いですね、後年の録音の機能的な音色ではなくいかにも古き良き時代という感じ。金管楽器もあの時代のWPHらしい。そして二人の名歌手。ホッターは何かとヴォータンと言われますが、ここではリート歌手の一面が。歌劇では音程がよくわからない深い音がよく聞かれますがここでは全くそんなことはなく、理想的なドイツ語の発音とあいまって曲想にとても良く合った、例えれば魔笛の弁者といった趣です。シュヴァルツコップのソロも、4つの最後の歌のような深い歌唱というよりは可憐とも言えるようなチャーミングなものでした。本当によい時代に理想的なメンバーで録音をしてくれたものと思います。
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エーファさんが書いたメンバーズレビュー
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なんて美しいヴァイオリンなんでしょう。でもキラキラした奔放なものとは違う、背筋をしっかりと伸ばした感じの演奏です。この演奏はバルヒェトの3度目の録音だそうですが、最初の録音はこの曲の再発見まもなくの受容の様相を表しているのか異様に遅いものでしたが、この演奏はこんにちの標準的テンポで弾かれています。バックのアンサンブルもドイツ的、特に夏の2楽章の遠雷や3楽章の雹の描写などは音符がしっかりと見える。秋の1楽章、中間部でかなりテンポを落とすのは珍しい。冬も1楽章の意外な和音の重なりをしっかり表現、2楽章のピチカートの和音をはっきり出し、しずく的というよりは歩みを思わせる。イタリア的ではないけれど、このヴァイオリニストの代表盤としていつまでも聴き継がれて行ってほしいです。
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やはりライヴのシューリヒト、同じスイス・ロマンドのブラ1がやりたい放題だったのでヒヤヒヤしながら聴きました。始まりが音が小さく感じたので少しボリュームを上げたら、すぐ大きな音に。録音エンジニアがマイクのレンジを上げたかな?。4番だからおとなしいのかなと思いきや、すぐにあおり始める。アメリカの楽団とも違う下品なトランペットが場を乱す。まさかアマチュアじゃないよね、たびたび音を外す。あとでアンセルメの演奏もきいてみたが、このような体たらくはないので明らかに違う奏者。まあ、楽章を追うごとにおとなしくなるので、指揮者が抑えさせたかな?。両端楽章のコーダにはいる前の大見得は分からなくもない。3楽章は意外とおとなしい。しかしアッチェレランドのあおり方は明らかに楽団員の予想を外した振り方をしているとみえて、全て前のめりになって落ち着かない。シューリヒトは感興からかインスピレーションからか、演奏会では何かやりたくなるようで、造形をこわしてまでもテンポをいじったりあおったり、はたまた楽譜をいじってイタズラをしたりと感心しません。今回のブラ4もやはりそうでした。この指揮者はやはりスタジオ録音の人、レコード用の録音やシュトゥットガルトの放送局が残した放送用セッション録音を聴くべきだと思います。ブラ4であればコンサートホールのバイエルン放送響の名演があるのですから。 バッハは端正な演奏。バロックだからかしら、イタズラの虫は鳴りを潜めている。フルーティストも特に大仰な表現はないけれど、颯爽と吹いて好感が持てます。
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モントゥーらしく造形的にもキチンと作り安心して聴けます。ハイドンの2曲とも終楽章は快速テンポ、一糸乱れぬWPHの合奏力には舌を巻きます。当楽団のヴァイオリン独特のあまりヴィブラートをかけない訴えかけてくる音色も健在でなつかしい。
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この時期のヴィーンフィルハーモニーによるわが祖国とは、なんとも不思議なレコードのように思います。デッカのあのまろやかなWPHの音で聴く同曲は、とてもなつかしい感覚にとらわれます。ボストン響との名盤もやはりアメリカ的な音(特にトランペットや木管)でしたが、ここではヨーロッパ本来の街並みや風景が見えるような錯覚に襲われました(モルダウの急流やターボルのコラールなどで顕著)。すてきな録音でした。
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1番はやはりライヴのシューリヒト!。造形がこわれるのもお構いなしにテンポを変えたり、どこに向かうのか分からずにあおったり。1楽章などリズムが前のめりで落ち着かなかったり、終楽章の主題などメンゲルベルクばりに毎回アウフタクトを強調したりのやりたい放題。さすがにここでは、コーダの3回の繰り返しを1回省くなどの荒業はやっていませんが。これって、アンセルメのスイス・ロマンドと同じオケの演奏?、よくついていけたな〜。シューリヒトはやはりスタジオ録音を聴くべきだと思います。
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ミサ曲は実にみごとな演奏です。従来モントルーのライヴとされていましたが、ヘンなアゴーギクやテンポ操作などがないので公演に先立つ放送用の無観客収録とかでは?。ヘフリガーの柔らかな美声やシュターダーの清透な、また強靭な面も見せるソプラノなど、共演者も共感に満ちています。オーケストラのひなびた音色もいかにもドイツの伝統を感じさせます。キラキラしたグローリアの演奏なども最近見かけますが、私はここに聞くような落ち着いたものがよいと思います。 ところがブラームスはやはりライヴのシューリヒト!。造形がこわれるのもお構いなしにテンポを変えたり、どこに向かうのか分からずにあおったり。1楽章などリズムが前のめりで落ち着かなかったり、終楽章の主題などメンゲルベルクばりに毎回アウフタクトを強調したりのやりたい放題。さすがにここでは、コーダの3回の繰り返しを1回省くなどの荒業はやっていませんが。オーケストラもよくついていけたな〜。シューリヒトは基本、スタジオ録音を聴くべきだと思います。
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ミサ曲は実にみごとな演奏です。従来モントルーのライヴとされていましたが、ヘンなアゴーギクやテンポ操作などがないので公演に先立つ放送用の無観客収録とかでは?。ヘフリガーの柔らかな美声やシュターダーの清透な、また強靭な面も見せるソプラノなど、共演者も共感に満ちています。オーケストラのひなびた音色もいかにもドイツの伝統を感じさせます。キラキラしたグローリアの演奏なども最近見かけますが、私はここに聞くような落ち着いたものがよいと思います。
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思いのほかエレガントな悲劇的序曲。もちろんブラームスらしい力感も十分備わっています。ヘンなことをしやしないかとヒヤヒヤしていましたが、造形的にもしっかりしていました。 ブックレットの表紙にはSchurichtと大きく書いてあるし顔写真もあるので大フーガもシューリヒトの指揮かと思ったら小さな文字でボールト指揮と書いてある!。もちろん演奏が悪いことはないのだけれど、この指揮者らしくあまり劇的に盛り上げることはしない。最後もゆっくりになり大団円という感じで終わる。ヘンな造形でもシューリヒトで聴きたかったな。
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貴重な「時代の記録」です。 高度経済成長末期の、芸術の大衆化、乱消費の痕跡が刻まれています。経済的に余裕ができハイソを気取って演奏会に出かけて行き、野球の応援やライブの声援よろしく演奏内容と関係なく最後の音と同時にブラボーを叫ぶ。演奏者側はそれを苦々しく見ておりましたが、21世紀に入って聴衆が育ってきて、ようやくそれが収まった感じです。静かに余韻を味わえるようになったのはよいことですね。
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定評のある新世界。ホント、今聴いても颯爽として推進力がある名演ですね。トランペットのクレッシェンドやセカンドヴァイオリンのうねりをはっきり出したりして、細部の彫琢もみごとです。オケ全体の響きは50年代からのもののようですが、それでもクナッパーツブッシュの一連の録音などに顕著だった「オケに調和したトランペット」に代わって「主張する輝き」を求めたりと、時代の移り変わりを如実に示しているようにも思いました。 管楽セレナードも同傾向の演奏でした。まろやかなサウンドはこのレーベルの特長ですね。
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サッカーの大会に合わせた発売とかで、第九やトゥーランドットなども収められています。ほとんどが知らない曲ばかりでしたが楽しめました。いい曲ばかりですね。カラ=ベルもこんなレコードを作っていたんですね。
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シャルル=カイエのコントラアルトが聴けるのが貴重。この世に忘れられと原光のみのゆっくりした曲だけですが、深い含蓄のある声は現代においてもなおリアリティがある歌唱だと思います。他にカルメンなどもあるそうなので聴いてみたいですね。 復活全曲は初の録音だそうですが、ムリを要求するスコアをできるだけ音にしようとしているのがよくわかります(全て守っているわけではありませんが)。そしてテンポも遅いところはとことん遅く、しっかりと作曲者及び指揮者が言いたいことを表現している。この時代の録音の時間の制限には全くとらわれていないよう。急なテンポの変化にちゃんとついていくオーケストラもすごいと思いました。永遠に残る名演奏だと思います。
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最近京大オケを近衛先生が振ったCDが出ていましたが、こちらも学生オケ。音楽の道に進む者はほとんどいないにもかかわらず、このクオリティで芸術を提示できるのは素晴らしい。晩年の石丸先生のご指導に応えようと必死に弾いているさまが目に浮かぶようです。 弦楽セレナーデ、管楽器がないのでごまかしが利かない。初心者で始めた学生はさすがに乗ってはいないでしょうが、内声まで一糸乱れずに弾いている。それは1楽章の細かい音の受け継ぎのスムーズさを聴けば一聴瞭然。アーティキュレーションの統一もお見事。 石丸先生十八番のブラ4、管打楽器も加わりまた一層の熱演となる。特にホルンの気合がよく伝わってくる。ホールいっぱいに鳴り響く総奏。3楽章の途中で軽い心臓発作が起こったとのことで次の楽章を始めるまで少し間が空いたとのことでしたが、演奏からはそのようなことは微塵も感じられない。終楽章はセレナーデにも示されていたこの楽団の弦楽器の本領発揮、金管楽器が強奏してもかき消されない、また分厚い低弦の響きがパッサカリア主題を強く提示。フルートやクラリネットのソロが光る。 名演奏の要件は、作曲者、奏者、観客を含めた相互のリスペクトに尽きます。京大の演奏もそうでしたが、指揮者の先生への尊敬の心がこの名演奏を生んだのだと思います。心から歌いこむブラームスの2楽章の表情付けはどこから来たのか。リハーサルでの言葉だけではいくらも出来上がらないけれども、やはり本番での指揮者の表情、手ぶりに対し、奏者がそれを受け取り、お互いの解釈、弾き方を合わせたからこそ生まれたもの、この相互の尊敬と集中力の賜物にはプロとアマチュアの区別はないということを今回も思った次第です。
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ボイド・ニールを知っている人は相当歳がいっているでしょうか。私もかつてホルベルク組曲やラカスタヴァなどのロマンティックな小曲を心ときめかせて聴いていました。 ここに聞くバッハは、通奏低音こそピアノで弾かれているけれども決して20世紀前半の団体の演奏とは思えない軽やかさと推進力に満ちています。録音も良い。その一方で2番などエコー処理を細かい単位で行うなど、様式的にはまだ古いものも残しています。 アンソニー・バーナードによる2曲の協奏曲、BWV1058の方は独奏楽器がチェンバロということもあり近代的な速いテンポで演奏されていますが、姉妹曲のBWV1042は独奏者の解釈なのでしょう、ゆっくりとしたロマン派的な演奏になっています。こんにちではむしろ逆の肌触りの演奏が多いと思いますので、面白かったです。
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ドイツの名ヴァイオリニスト、飛ぶ鳥を落とす勢いのある演奏です。音色は高貴にしてクーレンカンプに通づるものがあるのですが、アンサンブルは先に先に行きたがるような感じがあり、少し落ち着きません。なんだかブッシュの亜流のような感じです。思えば30歳そこそこの演奏だそうで、そんな面もあらわれているのかしら。ブルッフやシベリウスなど聴いてみたかったです。早世が惜しまれます。
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やはりスメタナの編曲ものが面白いですね、冒頭こそヴィオラに弾かせていますが、あちこちで思いがけない楽器に置き換えられていて飽きが来ません。2楽章の頭のティンパニと2拍目のシンバルはビックリ。ヴィオラとセカンドヴァイオリンの旋律も、ラッパ風にとあるのをホルンとトランペットにしている。確かにセカンドヴァイオリンの三連符はトランペット向きの音型ですね。耳鳴りはピッコロとかを使うかと思いきや、ヴァイオリンのフラジオのまま。演奏そのものは楽しい時期のキラキラした感じと難聴による過酷な運命の表現などコントラストが大きくとられて、より深みのあるものになっていたと思います。 3曲のシンフォニーと2曲の序曲は昔からの定評ある演奏で、キビキビとしたクリーヴランドのオーケストラの表現力に圧倒されます。特に8番はワーナーの再録音よりも、推進力みなぎるセルらしさが出ているこちらの演奏のほうが私は好きです。
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放送用のセッション録音?とてもバランスがいいし舞台ノイズも聴衆ノイズもない。こういうハイレベルの演奏を放送のためだけに収録するなんて、日本ではあり得ませんね。 演奏は定評のあるユリナッチの作曲家とともにシュトライヒのツェルビネッタがすてき。長いソロも難なくこなしています(少し音程が低いところもありますが)。ハルレキンの短いリートもいい感じ。ホップのバッカスは重くならないかと心配したけれど、予想に反して輝かしい歌唱でした。アリアドネのツァデクは初めて聞く歌手ですが、とても立派な歌唱でした。彼の地ではレコードが出ていない歌手や演奏家はたくさんいるのでしょう、層の厚さを感じます。カイルベルトの指揮は少し安全運転気味?ドタバタ劇の最後もあまりあおらないし、ツェルビネッタのアリアもインテンポ。家令のとぼけたしゃべりも明瞭なドイツ語でとても聴きやすい。 すごいパフォーマンスでした。
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貴重なアルヒーフ。とても真似できる技術ではありません。もちろんヴィオラの音なのですが、ヴァイオリンと同じ技巧をほかの弦楽器にも求めた時代の要請にもよるのか、弓の持ち方や特に低音など現代とは少し感覚が違うようにも感じました。
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パラフレーズなので音が少なくてもまあいいか。ワルキューレの騎行などは明らかに手が足りない。それにしても1人でこの重量感、ものすごい技術だと思いました。さらにタンホイザー序曲や魔の炎の音楽、ローエングリンの3幕前奏曲を1人で演奏するとは。これだけ見せつけられたらぐうの音も出ません。ここまで来たらオランダ人序曲やリエンチ序曲、ローエングリンの間奏曲なども聴いてみたかったです。2枚目が20分足らずしか入っていないのでもっと聴きたかったな。
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パラフレーズなので音が少なくてもまあいいか。ワルキューレの騎行などは明らかに手が足りない。それにしても1人でこの重量感、ものすごい技術だと思いました。さらにタンホイザー序曲や魔の炎の音楽、ローエングリンの3幕前奏曲を1人で演奏するとは。これだけ見せつけられたらぐうの音も出ません。ここまで来たらオランダ人序曲やリエンチ序曲、ローエングリンの間奏曲なども聴いてみたかったです。2枚目が20分足らずしか入っていないのでもっと聴きたかったな。
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何度かの発売延期を経てようやく聴くことができました。期待以上の内容に大満足。 まずパルジファル、この上演はオペラだったのか、それとも演劇だったのか・・・オーケストラは背景にあって情景をなしており、もはや拍など感じる必要もない=音楽ではないような不思議な感覚。この指揮者の至芸なのでしょう。そんな感じなので題名役も歌い崩しなどもなく、自然にしゃべっているような「語り」でした。そしてハーゲンがジークフリートを聖堂に導き、ブリュンヒルデが誘惑し、ヴォータンが傷を嘆き、ザックスが祭祀を促す。これもなんとも不思議な感覚。62年盤でもここまでの高みではなかったように思われる凄演でした。 ヴァルキューレは戦乙女の中に1人抜けてくる声が。キャストを見るとニルソンの名前が。またジークリンデはメードル!、ということは今後の3人のブリュンヒルデの揃い踏み!?。またジークムントはこの年までのローレンツ!、2幕では今後大活躍するヴァルナイが死の宣告!新旧交代の象徴的なシーン!とは考えすぎ?。 ローエングリンでは、主役はやはりオルトルート!、やはり凄まじい歌唱。3幕のエルザの場面は省略なし。久しぶりに聴きました。 タンホイザーは祝祭劇場に合わないのかしら、サヴァリッシュの上演も印象が薄いです。私がコンヴィチュニー盤で聴き込んだからでしょうか。そんな中ヴォルフラムには聴き慣れた声が。やはりこの存在感は大きいですね。 全て本当に音が良いですね、マスターテープからの音取りがされたのでしょうか。 せっかくここまでまとめたのならば、この年は第九の演奏も行われたはずなので、テープ発掘も兼ねて収録して欲しかったですね。
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生い立ちとインタビューによる構成。貴重な写真もたくさん。途中でバッハの組曲の演奏がありますが、このお歳で技巧は完璧。見習いたいものです。思いのほか弓の先の方で弾かれていたのは意外でした。
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なんて濃密な演奏でしょうか。音程とか技術とかを超えて語りかけてきます。ベートーヴェンの協奏曲ではそれらの欠陥が大いに足を引っ張っていましたが、小品ではかえって味を出しているように思います。かつてこんな弾き方もあったんだという記録以上の価値はあると思います。
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なんて典雅な。どういう機会でこの選曲なのかとても興味がありますが、深刻ぶらず素直に音楽に語らせている感じですね。でも響きは透明だしクレッシェンドなど統制が効いているのがはっきり分かります。チェロ協奏曲も清潔な弾き方で好感が持てます。この曲は初めて聴きましたがどこが疾風怒涛スタイルなのか理解に苦しみます。
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ボーンのヴィオラとマヒューラのチェロ目的で買いました。ハイティンクの実に丁寧な描写は他に追従を許さない境地だと思います。出すべきものの的確な提示、バランスの良さ、テンポの操作等。これを聴いて無能と言える人が信じられません。おおかた演奏の現場を知らないで書いているのだと思います。両ソリストとも実にていねいに主従を演じている。ボーンのふくよかなヴィオラは理想的。第3変奏のとぼけた表情も上手い。スコルダトゥーラが少し音程に影響し惜しい。純音楽的なシューマンの協奏曲で有名なマヒューラですが、ここでの語り口は非常にロマンティック。それは最後の場面、諦めの境地で終わるかと思いきや、一度現実への執着を見せながら死を迎える。なんとも人間的な表現に背筋が寒くなりました。こんな表現はフルニエでもロストロでも聴いたことがない、みごとな解釈だと思います。ハイティンクはクラリネットに「〜だとさ」と言わんばかりの表情で終わらせる。感動的な演奏でした。 これに続くヨッフムの演奏は劇的で手に汗握らされる。これはこれで凄い演奏ですが、ドン・キホーテの余韻が吹っ飛んでしまいました。別に聴けばよかった😅
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ノイマンの指揮なので他にいくつかある同曲の演奏とあまり違いはないように思いました。確信に満ちた名演だと思います。録音の加減なのか旋律重視の表現のようにも思いました。 しかし、たびたび出てくるシンバルの直撃は耳が痛くなります。上述のように解釈の違いはそんなにないので、日頃私はチェコのオーケストラのものを選んで聴いています。
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放送用のスタジオ録音?こんな演奏が残っているんですね。ゆっくり奏でられる協奏曲、ていねいに弾かれて心を打ちます。ヴァイオリンを際立たせるオーケストレーションを守り低音がとても響く。 シンフォニーはゆっくり始めてそんなに表現をいじらずに進めていくが、終楽章の最後はテンポを上げ、一気に終わりまで持っていく。放送用なのでレコード用のように何度も録り直しをせずに通し演奏をし、無観客ながら演奏会みたいで感興がのったということなのでしょうか。あくまで想像ですが、面白い現象のように思いました。
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98年前の録音!これってバランスもいいし舞台ノイズもないし、上演ライヴではなくセッション録音? あちこち省略があるのは残念ですが(3幕などはあっという間に終わる😑)、ラルセン=トドセンやボッケルマンが聞けるのが貴重。前奏曲からしてグイグイ引き込まれる。崩れ降りてくる箇所の最後の三連符を強調しないのは、これがドイツの伝統なのでしょうか。思いのほかリリックなイゾルデ、愛の死ではオーケストラがメインでイゾルデがいわばオブリガートであることをはっきりと分からせてくれる。背景のオケの上をたゆたうように歌うのは、誠に理想的。ボッケルマンのクルヴェナールは意外と軽い声質だったけれども、一本気なこの役をしっかり表現しているように思います。アンドレーセンのマルケ王も、ポルタメントなどを使用して心のうちを強く訴えるなど名唱だと思います。演奏の伝統の重みを感じたセットでした。
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1枚80円程度!!。どういうコンセプトでこの価格設定なのかは分からないけれど、一応朗報。しかし、この世紀の天才の芸術への冒涜の観が・・・。 演奏内容は明瞭な録音もあいまって、この指揮者のキビキビとした演奏スタイルとディテールがしっかり分かって、とても勉強になります。私は火の鳥の1945年版と春の祭典、カード勝負、ダンバートン・オークスの演奏に際しここに収録の演奏を参考にしました。指揮の技術とともにオーケストラのうまさにも驚かされました。 シュトラウスもしかり、自作自演というと必ず「職業指揮者には及ばない」とする論評がついて回りますが、シュトラウスもストラヴィンスキーも(自作としてではなく)既存の名曲として、奏法などのアーティキュレーション、テンポの自在な操作、バランス等を過不足なく表現しています。そして両者に共通して、演奏の推進力が素晴らしい!。これらはチャイコフスキーやベートーヴェンなど他の作曲家の作品の演奏を聴けば十分に首肯できることです。おおかた上のような批評をする者は、楽器の演奏経験がない、あるいは演奏芸術の現場の実際を知らないため要点を見抜くことができない、そして大衆の耳目を引くためにパターン化したお題目を唱え続けているのだと思います。
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透明な響きを追求した演奏です。最近フランスの団体が録音したメタモルフォーゼンが発売されましたが、そこの境地にまではまだ至っていないようです。もちろんパフォーマンスはとても美しい。バーバーも難しい調性を良くここまで!。エルガーの2楽章も心に染み入るよう。でも奏者たちの気持ちは?、皆さんヴィブラートをかけたそう。それは長い音のとき、ノンヴィブラートで入ったあと、いつもならヴィブラートをかけるところで弓の圧力で表情をつけるため常にあとぶくらみになってしまっている。セレナードの2楽章、後半開始前の調性があちこちに移る場面、要の音にヴィブラートをかけられず、苦しそう。皆さんの感覚と表現はモダン楽器のそれのようですし、だからこそ各曲の表現もそれに補われているのだと思いました。
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ひたすらに美しいメタモルフォーゼン。少し遠いのでソロの音が細くて残念。そのかわり低音はしっかり録られていて、エロイカの主題ははっきりと強調される。最後に第1ヴァイオリンと第1ヴィオラで主題が回想されるところなど涙なくして聴けない。最後の3つの音の「反省、悔悟」といった真に迫った表現は、近年の絶対音楽的な演奏では聴くことができないもののように思いました。指揮者も演奏メンバーも、大戦の経験があるからこそでしょうか。
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オケ演奏でよく言われる「低音から先に入る」を律儀に守っている。コリオランなんか3回とも全部前打音が付いているみたい、2番もアウフタクトが16分音符2つみたい😅。伝統がない極東のオケにそれを教え込んだという感じなのでしょうか、今の耳にはいくらなんでもやりすぎですがN響もその後の時代の推移のなかでその加減というかカイルベルトの意図を血肉化していったのだと思います。 演奏はいかにもこの指揮者らしい堅牢なものでした。ティンパニが少し悪目立ちしているのは録音の加減かな?。8番の2楽章が思いのほか速かったのは驚きでした。
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楽章間の描き分けの幅がとても大きい演奏でした。はじめの2つの楽章はテンポも早くとにかくリズミック。アダジェットはとことん遅く情緒豊かに歌う。3楽章は喜びの爆発。5楽章は雄大に盛り上げる。 この録音は音響に独特のものがあって、オケが遠いにも関わらず総奏では左右に雄大に拡がるけれど、小さい音の時には何をやっているのかよく聞こえない。冒頭のトランペットしかり、弦のソロや低音の動きなど。その反面思いがけない声部が出たりもする(これは指揮者の指示かな)。もう少し普通の収録をしてほしかったな。
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キプニスのグルネマンツ目的で買いました。ハリのある美声はしっかりと聞き取れました。パルジファル役も立派に歌われていて聖金曜日の音楽は聴き応えがありました。葬礼では低音が迫って来たり、金管がうまく、また鐘がよい加減で響き聖なる雰囲気を醸し出しておりました。しかし全体の音は悪すぎ😅。雑音はほぼ取っていないのか、聴後耳が痛くなりました。 この渾身の演奏はいい音で聴きたかったです。
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ブラスバンドの演奏だそうですがさしたる違和感もなく聴くことができます。そして声楽がとても良く録られている。本来のソロ楽器(トランペットやピッコロなど)がとてもうまい。声楽陣のいかにもフランスっていう雰囲気(この時代のドイツの歌唱とはまるで違う)は、19世紀の伝統なのでしょうか、こうして聞けるのはとても貴重だと思います。
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全ての音にアタックを付けさせない、長い音のあとにはバランスを保ってディミヌエンド。とにかく和音が透明、そのためか弦はヴィブラート抑えめ。これら実現させるのは容易ではなかったことでしょう。1〜3楽章は、もちろん美しいのだけれど何か抑制されたような、(言葉は悪いが)遅すぎて起承転結がないような印象でしたが、4楽章になると、フーガ主題の提示ではクレッシェンドを伴って迫ってきたり、第二主題をしっとり歌うなどの対比をつけたり、コーダに向けては迫ってくるクレッシェンドではなく雄大に大きくなるクレッシェンド、そしてここでは金管にエネルギーの解放を許す。明らかに最後に向けての拡がりを意図していて、それが成功していると思います。演奏後、指揮者は茫然自失だったとか読んだ記憶がありますが、さもありなん上演だと思いました。 確かにこの指揮者は孤高の存在ですね、もうこのようなカリスマ的な方は現れないでしょうね。でも正直なところ、正座を強いられるようで聴いていて疲れるんだよね~。チェリビダッケは今後もあまり聴くことはないと思います。
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メンデルスゾーンはどういう経緯で録音が実現したのかは分かりませんが、とても美しい理想的な演奏でした。演奏の参考にさせていただきました。序曲や行進曲における場面転換のうまさには舌を巻かざるを得ません。夜想曲のホルンが素晴らしい。さすがはヴィーンの名オーケストラ。 バンベルクの未完成も素敵。ひなびた音色はいかにもこの時代と思わせられます。紛らわしい松葉記号はアクセントで処理されていました。際立った特徴はないけれども、こちらも名演だと思います。
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革命前のキューバ、文化的にも普通に発展していたのでしょうか。ハバナのオーケストラは少しドジだけれども名指揮者と大歌手2人のバックを立派に務めていると思います。音は悪いけれども歌手の声はしっかりとらえられていて不足はないです。クラウスのヴェーゼンドンク歌曲は珍しい。他の指揮者に比べて少しテンポが速く少しあっけない感じはあります。 オマケのピアノ伴奏のヴェーゼンドンク歌曲はとてもいい音、歌手の解釈で自由に伸び縮みしてのびのびと歌っているように思いました。クナッパーツブッシュとの名盤と双肩をなす名演と思います。 トラック4は愛の死になっているけど、二重唱の続きです。公演では歌われたのかな?
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このオペラには1939年のヴィーン上演やサヴァリッシュの録音など、シュトラウスのオペラのなかではマイナーに属する方ですが良い録音に恵まれていると思います。こういうものが平時から上演されている彼の地にはやはりあこがれますね。 演奏は音に限界はあるものの、熱気を帯びた上演であったことははっきりと分かります。メッテルニヒやクッシェなどの名歌手とともに、ヘルマン=ニッセンも参加しているのには驚きました。幕切れまで緊張感を持って進み、一気に聴き通すことができました。最後は盛大な拍手👏(ブラボーも)。一度は実演を観てみたいものです。
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フィーツの明るい音色のヴァイオリンがとても魅力的。この方がメインとなった四重奏団は聞かないようですが、モーツアルトのカルテットなと聴いてみたいものです。ブライテンバッハのヴィオラもほれぼれするような美音。モーツアルトは一般的テンポで始まるものの、展開部はほぼピアノで、またくすんだ音色で押し通すなどすごい表現力。モーツアルトと違いブラームスは速いテンポで、まさに「走る哀しみ」みたいな形容がよく似合いそう。クラリネットの絶叫が心を打つ。フィーツとボスコフスキーの対話が美しい。 このCDの特筆すべきは、ベールマンのアダージョが収められていること。演奏の参考にさせてもらいましたが、もっと演奏、録音などされてよい佳曲だと思います。 素敵なCDです。
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ローマの謝肉祭、確か他に録音がないのでは?。あまり演奏するレパートリーではない?そんなわけでアンダンテの部分の旋律に少し表情がついている以外そんなにやってないな~と思っていたら、最後の最後にやられた〜😳、めちゃくちゃにフェルマータをして後打音をハッキリ拍にはめて演奏させている。のけぞりました。 ショパンの曲はよく知らないのであまり味わえませんでしたが、ミスタッチから登場してくるコルトーがいかにもという感じ。 悲愴はお得意のレパートリーだけあってコンセルトヘボウの録音に似て短い単位で伸び縮みを繰り返す。客演なので音色までは徹底できなかったようではありますが。パリのオーケストラは少しドジなところもありますが、1楽章など推進力や楽章全体の構成など、メンゲルベルクも実演の人だということがよくわかる演奏でした。
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このチェロ協奏曲のソリストは従来ジャンドロンと言われていたものでしたが、ここに収録されているアナウンスを聞くと確かにトルトリエと言っていますね。お若い頃のものだからか、指揮者の指示があったのか、後年のものと全然違うのでビックリです。劣悪な録音ながら2楽章や3楽章のコーダのような慈しむような歌いまわしは「らしいかな」とも思いました。オケはホルンが例のヴィブラートをかけているようないないような、微妙な時期ですね。でもメンゲルベルク独特の表情付けはハッキリ。こんにちでは恣意的と言われることも多いですが、音楽の場面に合わせた表情なのでこういった表現もアリでしょう。作品から受ける感動をここまで出せるのもうらやましいと思います。
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ヴェネズエラが低迷する前の正常に発展を続けていた頃だからでしょうが、インフラ整備などとともに文化面にも注力できる余裕があったのでしょう。それがこんにちの世界的指揮者の輩出に結実したし、当地のオケにもホーレンシュタインやフルトヴェングラーなどの高名な指揮者も呼べたということなのでしょうか。 このCDセット、そんな現地の音楽家たちの巨匠に対するリスペクトがはっきり聞こえてきて感動的です。最近、近衛先生が京大オケを振ったCDが出ていましたが、これなども相互の尊敬による真剣さが技術の不備を上回って感動を生むという好例でした。何かの雑誌で「私はベルリンフィルしか聴きません」とうそぶいていた人の記事を読んだことがありますが、そんなブランド志向の人はこの手ものは買わなければよい、名演の要件は関係者同士のリスペクトに尽きると思います。 そんなわけでどの演奏も素晴らしい。特にシベリウスは音も良く圧倒的な盛り上がりをみせます。ティンパニやバストロンボーンはクーセヴィツキーの改変が採用されている?、主題を補強してよいと思います。そしてメタモルフォーゼン。バランスが悪くて残念ですが(特にソロパート)、それでも「栄光の回想」と「苦々しい反省」はこんにちの絶対音楽的な表現とは違い、音色やテンポ操作に大戦を実際に経験した人ではないと表現できないようなリアリティがあるように思いました。
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ここにはヘンスラーの2巻のBOXものにはない火の鳥とツァラトゥストラが収められている。いずれもスタジオ録音のシューリヒトらしい模範的な演奏。当時の標準的な演奏なのでしょう、火の鳥は昨今のスタイリッシュなキラキラした音ではなく、少し野暮ったい(失礼!)音ですが、難しいパート譜もしっかりと弾かれている。ツァラトゥストラは序奏が少しあっけないけれど、シュトラウスらしい憧れに満ちた歌に満ちている。しかしシュトゥットガルトのオーケストラのなんと上手いことか。地方オケがこのようなレベルにあるとはうらやましい限りです。
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何の機会かは分かりませんが国連総会議場での実演録音だそうで、コンサート用の会場ではないからか響きが少ないデッドな音。オケに近接して録られていてバランスやニュアンスはしっかりと捉えられています。実演ではいろいろやらかすシューリヒトですが、今回は場所が場所だけに大真面目、全曲正統的な、これぞヨーロッパの伝統!と言わんばかりの力演になっています。第七は序奏から上行音型を毎回タメたり、終楽章ではそれまでの音楽の進行に合わせて上がっていたテンポをいきなり冒頭に戻すなどニュアンスたっぷり。ハフナーは半年前のスタジオ録音と音は同じだけれど推進力がまるで違う!。どの曲も独特のホルンの音が炸裂(特に第七)。メンデルスゾーンもアンコールにもかかわらず手を抜かない!クラリネットがお見事!。 圧倒され続けた1枚でした。
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シューリヒトはスタジオ録音の人ですが(コンサートでは羽目を外すことが多かったようで、ライヴ盤はヘンな造形のものが多いですね)、レコード用の録音が少なくて残念です。ところがシュトゥットガルトの放送局が放送用セッション録音をたくさん残してくれて、しかも安価に入手できて感謝しかありません。ここに聞く演奏はどれも造形的にしっかりしていて、後世でも学ぶべきこと満載の名演奏ばかり。また、マーラーやレーガーなど意外なレパートリーもたくさん。 私的にはグリーグの「秋に」を演奏の参考にさせてもらい、感謝しています。この曲、名のある演奏家の録音は、あとビーチャムくらいしかないのでは?。演奏はもちろん上述の通り、造形もしっかりしており、また共感に満ちているように思いました。第2巻も含め、いつまでもカタログに留めてほしいセットです。
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ブラームスはスタジオ録音なのになぜこんなに作為的なのか理解に苦しみます。シュトゥットガルトでの演奏は仰ぎ見るような崇高な演奏だったのに、このWPH盤はライヴのような造形非考慮なシューリヒトがいる。急激なアッチェレランド、跳ね上げるアーティキュレーション、アメオケのような金管の強奏。一フレーズごとに収めるやり方はニュアンス付けと見れなくもないのだけれど、他の部分で上述のようなものを見せられると、ここもその文脈で受け取られてしまいます。美しいところもあるのだけれど、ついていけない残念盤です。
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シューリヒトはスタジオ録音の人!。実演だと何かやりたくなるのか、造形が壊れてしまうくらいヘンなことをしてしまう(テンポを扱いすぎてもとに戻せなくなったり、3回あるところを2回にしたり!)が、スタジオ録音ではそれがない。それどころか世のお手本になるような、王道を行くようなみごとな演奏をたくさん残しています。ここに聞くブラ2もその一例で、同じくスタジオ録音のWPH盤よりも完成度が高いと思います(ヴィーン盤は急激なアッチェレランドなど驚かされるところがいくつかあります)。地方オケながら技量も高く、これが放送用の録音とは信じられない。仰ぎ見るような崇高な演奏だと思いました。
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理想的な演奏!バランスといいテンポといい音色といい、王道を行く演奏です。こんなクオリティの高い演奏がレコード用ではなく放送用とは。やはりシューリヒトはスタジオの人、シュトゥットガルトの放送局が大量の放送用音源を残してくれたことに感謝です。 管弦楽も合唱団も実にうまく(特にテノールパート!)、地方の団体でこのクオリティである国がうらやましい。プライとシューリヒトの組み合わせも実に意外ながら演奏の志向が同じベクトルなので違和感が全くない。 いつまでも聞き継がれていってほしい録音です。
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古典主義者の演奏らしく、恣意的なテンポの揺らしや極端なアゴーギクなどはないけれど、安心して聴ける演奏でした。特にラヴェルは初演者の録音、2楽章の静謐さは近年の演奏ではあまり聞かれないような感じです。 実は上に書いたことがモーツアルトには当てはまらない。タッチはもう少し軽いほうが私は好きですし、フレーズの終わりに少しドライブをかける傾向にあるので落ち着きません。いかに古典中の古典といえど、時代の演奏様式を反映しているのでしょうか。
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