ネオアコをただの雰囲気モノだと思っていたら大間違い! 〈ロック〉に未来を見い出せなかった若者が、〈非ロック〉な要素を取り込むことで生み出した新しいロックの形、それがこの音楽の本質なのです。〈音はポップ、心は反骨〉を合い言葉に、思春期特有の焦燥感を思い出してみませんか?
そもそもネオ・アコースティック、つまりネオアコとは何か? これがなかなか難しい。和製英語であるこの呼称は、あくまで感覚的なカテゴライズなので人によって捉え方が違うものだからだ。それでも(私見を含めつつ)やや強引に説明すると、パンク・ブームが過ぎ去った80年代前半のUKで誕生し、DIY精神というパンク的な姿勢を確実に継承しつつも、サウンドはそれとは対極にあるアコースティック楽器(主にギター)を中心としたメロディー指向の強いもの──という感じになるだろうか。
当時、UKの一部メディアではこれらを〈ソフィスティ・ポップ〉と呼んでいたらしく、60年代のフォーク・ロックを基調にジャズ、ソウル、ラテン、イージー・リスニングなどパンクが否定した広範な音楽要素を内包していたバンドが多かったのも〈ネオ〉たる由縁だろう。それらは混沌としたロック・シーンのなかでメロディーの復権を旗印に各々の道を模索した結果の産物であり、そう考えるとネオアコをポスト・パンクと捉えることも可能だ。また、ムーヴメントの中心がポストカードやチェリー・レッドといった新進インディー・レーベルにあったことにも留意しておきたい。
本国ではともかく、日本においては非マッチョ・ロック的なサウンドが当時のカフェバー音楽の流行などと相まってオシャレと捉えられ、若者特有の憤りや挫折、喪失感といったナイーヴな感性を描いた歌詞が、ネオアコ=青春というイメージを定着させたりもした。ブームとしてのネオアコは80年代半ばには一段落した感があるのだけれど、以降もサラやチェリー・レッド傘下のエルといった流行に左右されない自主レーベルからまさにネオアコという以外ないバンドが少なからず輩出されていたし、90年代に入ってからも80年代のオリジナル世代に影響を受けた〈ネオ・ネオアコ〉とでもいうべきベル&セバスチャンなどが登場している。一方、現在では〈オシャレでポップで青春っぽいギター・ポップ〉のように捉えられているようだが、あくまでパンクからの流れを受けているか否かがギター・ポップとの大きな違い。2000年代半ば頃からオリジナル盤のリイシューが続き、それに呼応するように当時活躍したアーティストの復活やフォロワーに注目が集まっている昨今、この機会にネオアコの表面的な部分だけじゃなく、それらが纏う反骨精神も汲み取ってもらえれば幸いだ。
(北爪啓之)