近代チェンバロ作品はチェンバロ研究が進んだ現代であればあるほど、ついつい学校や先生に教わった「正しい」チェンバロ奏法で弾いてしまうというドツボにハマりやすい。それというのも、ファリャやプーランク、特に本作に収められているようなマルチヌーといった作家たちの時代はまだチェンバロという楽器をどういう風に弾くのが正しかったのかが分からなかった時代な訳で、そういう意味では今日のチェンバロ演奏によるものではなく、むしろ今日の演奏法から見ればずっと不格好で言葉を選ばずに言えば下品なスタイルで弾くことこそが、実は正解という大変捻くれた時代の作品なのだから難しい。
一方でことエスファハニに関して言えば、この大変困った経緯をよく理解したうえで、見事なまでに今日のチェンバロ演奏から見れば卒倒するような巧みで豪快なスタイルでこれらの作品を弾き分けて歌い上げている。やっぱりエスファハニって天才だ...。こういう弾き分けが出来るチェンバロ奏者にこそ、近代チェンバロ作品を弾いてほしい。本当に天才だと思う。