ベートーヴェンのピアノソナタについては、エッシェンバッハが録音した曲数が少ないのは不思議である。このソナタ選集 ( #29, #30, #31 & #32 )は極めて貴重な存在である。録音は1976年頃の若きエッシェンバッハが何かに憑かれたような演奏。全32曲のソナタの中でも、飛び抜けて、雄大・深遠なソナタ#29 < ハンマークラヴィーア>は古今東西、最高の演奏と確信している。数多くのベートーヴェン弾きの挑戦が録音に残っている。私もこの曲について30枚程度のCDを所有しているが、エッシェンバッハの#29は抜きん出た存在だ。スケールの大きさ、曲の深遠さをこれ程描写できた演奏はない。白眉である第3楽章は25分17秒を要しているが、弛緩することはない。聞く程に”途方もない深遠な世界に引き込まれて行く”と言って過言ではない。今はピアノを離れて指揮者として活躍しているが、青春時代の頂点において極めて貴重なピアノ録音を残してくれた事に感謝したい。