人生の3分の1が眠りなら、枕代わりに美しい歌があればどんなに幸せだろう――そこで登場するのがWorld Standardこと鈴木惣一朗。以前、〈子守唄〉というコンセプトのもと、さまざまなゲストを迎えてビートルズ・ナンバーをカヴァーした〈りんごの子守唄〉シリーズを手掛けて話題を呼んだ彼が、このたびララバイ・シリーズの最新版〈雪と花の子守唄〉で挑んだテーマは、ポップソングのマエストロ、バート・バカラックだった。
「去年観に行ったバカラックのライヴがすごく良くて、〈もう、やるしかない!〉と。そしたら偶然、その年がバカラック生誕80周年だったらしくて、タイミング的にもバッチリだった。バカラックのカヴァー集っていろんな人がやってるけど、そういう王道なミュージシャンだからこそ、僕のオルタナティヴな感覚が良い感じで活かされるんじゃないかな、とも思ったんですよね」。
きっと誰もがどこかで耳にしているバカラックの名曲の数々。一見、親しみやすいようでいて、そこには天才の直感と技法が何重にも隠されている。
「バカラックの曲って、すごく聴きやすいけど過激なんです。洗練と野蛮というか、両極のものがあるから聴き飽きない。例えば100年前は不協和音とされていたメジャー・セヴンスのコードを気持ち良い音楽として純化させたのはバカラックの功績だと思うけど、気持ち悪い音と気持ち良い音のギリギリの境界を突いてくる。そういう過激さがバカラックの音楽にはあって、ナメてかかるとガブッとやられる(笑)。それにビートルズと比べて曲の構築度が高くて、作曲とアレンジの比重が大きい。簡単そうでいて、歌ってみるとすごく難しい曲が多いんです。だから、そこは歌手冥利に尽きるんじゃないかな」。
そこで呼ばれたのは〈りんごの子守唄〉シリーズにも参加したAnn Sallyや土岐麻子、おおはた雄一、saigenjiら〈ララバイ組〉を中心に、コトリンゴや千葉はな(羊毛とおはな)、さかいゆうなど多彩な面々。「作曲とアレンジの比重が大きい」だけに腕によりをかけたアレンジも聴きどころで、例えば土岐麻子が歌う“Magic Moments”は、有名なペリー・コモのシブいヴァージョンとは反対に、バブルガムなポップさに満ちた楽しい仕上がりだ。
「口笛にチップマンクス風のコーラス。ちょっと50年代末、スぺース・エイジ・バチェラー・パッド風というかね。ペリー・コモが有名だからオジサンの歌声の印象が強いけど、ほんとはコニー・スティーヴンスとか可愛らしい人が歌うような曲だと思ってて、女の子版に戻したかったんだよね。土岐さんってオールディーズが似合うイメージが僕のなかにはあったんでお願いしたんだけど、レコーディングは上手くいきすぎて、あっという間に終わっちゃった(笑)」。
さらに、おおはた雄一が歌うソフト・ロック名曲“Me Japa-nese Boy I Love You”のアレンジでは、バカラックに対抗すべく(?)、日本が誇るマエストロの名曲のフレーズが飛び出す。
「細野(晴臣)さんの“CHATTANOOGA CHOO CHOO”でしょ(笑)? 最初はもっと真面目にやるつもりだったんだけど、レコーディング中にフザケてやってたらだんだん本気になってきて、〈こっちのほうがいいかも〉ってアイデアを全部変えちゃった。とにかく作り手が楽しんでやっているのが伝わればいいなと思ったんだよね。だから、おおはた君の横でジョイマンみたいに踊りながら録音した(笑)。でも、そういう楽しさって音楽への愛だと思うから」。
そんなふうに曲ごとにアイデアを盛り込みながら、ゲスト・ミュージシャンの個性も曲に織り込まれていった。シリーズ初参加となったコトリンゴとのやり取りなどを訊くと、鈴木惣一朗的プロデュース術が垣間見られて興味深かったりも。
「彼女が初めてスタジオに来た時、まず溜め息を聴かせてもらったんです。そこにどんなエキスが入っているかを確かめようと思って。シンガーって歌う前に息を吸ったりするじゃない? そのブレスに本人の〈素〉が隠れている。僕はそれを見極めたうえで、本人が作っている自身に対するイメージを壊して、新しい可能性を探すことにしているんです。今回彼女には〈スウィート&ビター〉という命題を与えて取り組んでもらったんだけど、戸惑いながらもおもしろがってくれたみたい」。
このようなミュージシャンとのやりとりから生まれた曲のほかにも、World Standardのメンバーで吹き込んだインスト曲も2曲収録。そしてラストはバカラックの未発表曲(!)“Someday”で、ヴォーカルを担当したのは〈りんごの子守唄〉第1作でもトリを務めたAnn Sallyだ。「やっぱりハードルの高い曲はアンちゃんにお願いしよう」と頼んだそうだが、この美しいバラードが流れる頃には、きっとリスナーはふわふわと夢の中だろう。
「僕の音楽って、何をやっても寝ちゃうだろうなっていう自負があって(笑)。盛り上がったつもりでいても、なんかホワ~ンとしてるから。でも、その眠さってヒーリング的な音楽とは違うと思ってる。音楽への愛や思いが大きいと、どんな音楽でも眠れるんだよね。実際、僕はレッド・ツェッペリンとかキング・クリムゾンを大音量で聴きながら眠ってるし(笑)。とにかく音楽聴いて眠るのって最高の境地だと思う。だからこれからも〈ララバイ・プロデューサー〉をずっと続けていきたいと思ってます」。
音楽への愛情がたっぷりと詰まった歌の枕、〈雪と花の子守唄〉。果たしてどんな夢が見られるのか、乞うご期待!
▼〈りんごの子守唄〉シリーズを紹介。
▼『雪と花の子守唄』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

BOBBIE GENTRY / The Windows Of The World
「ベトナム戦争の時に書かれた曲。世界平和についての曲で、いうなれば〈職業作家〉バカラックのメッセージ・ソングなんだよね。こうした彼が持っていたビターなところも今回触れられたんじゃないかな」。*『The Best Of Bobbie Gentry:The Capitol Years』(EMI)収録
HARPERS BIZARRE / Me Japanese Boy(1968)
「僕のバーバンク・サウンドのイメージ、オリエンタルだとかハリウッド映画的だったりっていうのを象徴しているような曲。バカラック自身も去年のライヴで少し歌ってたね。オリエンタルっていうところで、今回は細野さんのオリエンタリズムと掛け合わせてみた」。*『Secret Life Of Harpers Bizarre』(Warner Bros.)収録
高橋幸宏 / エイプリル・フール(1983)
「〈幸せはパリで〉っていう映画で使われた曲なんだけど、この曲を好きになったきっかけは幸宏さんのカヴァーを聴いたから。80年代にバカラックのカヴァーなんて珍しかったし、この曲を聴いてバカラックに興味を持った人も多かったと思う」。*『薔薇色の明日』(ソニー)収録
PERRY COMO / Magic Moments(1957)
「歌詞はプラムに女の子を誘うような他愛もない曲なんだけど、そういう子供っぽいポップソングって最近なくなってきたよね。オールディーズの曲が持っていた、そういうドリーミーな部分をディスカヴァーするために今回カヴァーしてみた」。*ベスト盤『Legends』(RCA)収録
FIFTH DIMENSION / One Less Bell To Answer(1970)
「この曲の良さは、一遍の映画を観てるみたいな気分になるところ。相当好きな曲だから今回カヴァーするつもりだったんだけど、結局できなかったんだよね。オリジナルが良すぎて、ついオリジナルみたいにやりたくなっちゃって(笑)」。*『Portrait』(Bell)収録