
広いポップス界に〈魔術師〉と呼ばれる人は数多いが、彼ほどその呼び名に相応しい人はいない。稀代のメロディーメイカー、バート・バカラックのことだ。その名を知らなくとも、彼が残した曲の数々はきっとあなたの人生にスルリと入り込んで、心のなかに棲みついていたりするだろう。とにかく一度聴いたら忘れられなくなるような、明確な輪郭を持った楽曲を音楽史に残している偉大なクリエイターなのだ。
マレーネ・ディートリッヒの音楽監督としてキャリアをスタートさせてから50年以上に渡って第一線で活躍するバカラックは、作曲活動をメインとし、60年代以降はディオンヌ・ワーウィックやA&M系シンガーたちを通じて数々のヒット曲を世に放つようになる。ディスコグラフィーには一聴すれば〈バカラック印〉と判別可能な楽曲だらけだ。なのに決してワンパターンに陥ることなくやってこれたのは、彼が作曲家のみならずプロデューサー/アレンジャーとしてもルールに囚われることなく楽曲作りを行ってきたことも関係している。例えば、彼の曲には不思議なコード展開をするアンバランスな構成を持つものも多い。それでもメロディーは違和感なく美しい流れを形成している。つまり彼独特のマジックは作曲/編曲の両面に及ぶトータルなものなのだ。ゴージャスなストリングス、ブラジル音楽やR&Bなどを手本にしたリズムなどを駆使して高度にアレンジされたナンバーは、ジャズやクラシック畑の人たちをも魅了し、カヴァー曲は後を絶たない。またバカラックを語るうえで、コンビを組んできた2人の作詞家、ハル・デヴィッド、キャロル・ベイヤー・セイガーの存在も重要だ(後者は彼の私生活におけるパートナーだった)。日々の生活や男女間で揺れ動く機微を見事に捉えた詞は多数の共感者を生み、彼のナンバーに普遍的な輝きを与えた。
2005年にはルーファス・ウェインライトやドクター・ドレーら後輩たちと共にアルバム『At This Time』を作ったり、昨年は80歳になったことを祝うフル・オーケストラとの日本公演を行ったりと近年も精力的な活動を展開するこの御大。魅惑的なマジック・ショウにエンド・マークが出る気配はまったくなさそうである。