■山下達郎 “白いアンブレラ/ラッキー・ガールに花束を”
“クリスマス・イヴ”を越えるクリスマス・ソングがこの国から生まれる可能性の低さは毎年更新され、その確率は、ピアソラを超えるタンゴの創出可能性にも似て、この国の国教がすっかり変わってしまうまで。つまりはこの国の国民全員のクリスマス観が完全に刷新される日までは不動のものであろう。きっと君は来ない。
「30年の長きに渡るキャリア(※シュガーベイブ『SONGS』が1975年)」。というクリシェ(決まり文句)にはどれほどの重みがあるのか? 先ずは〈デビュー30周年〉と検索をかけると良い。そこには矢沢永吉、Char、岩崎宏美、キャンディーズ、中島みゆき等々がいる。そして順次〈デビュー25周年〉、〈デビュー20周年〉、〈デビュー15周年〉と、検索を続けると良い。そこには誰が居るか?
山下達郎の偉業/異形は、30という数値にあるのではない。多めに見積もっても、彼は10で事足りたのである(既に84年の段階で彼は達成している)。我々に提出される〈デビュー10周年〉の、莫大な検索結果、見知った名前の羅列は、彼の天才性を、そして、現在に於ける莫大な影響力と裾野の広さを、逆説的に証明することになるだろう。V6、平井堅、GLAY等が今年までに残したものと、山下達郎が84年までに残したものの圧倒的な差に対して〈そんなものは後々になってみるまで解らないじゃないか〉等という単なる正論は、穏やかな雨の午後に咲く白いアンブレラの如く柔らかい。
およそこの国に於ける〈ポップス〉という広大な帝国の住人である限り、山下達郎の影響力と無縁で居られる者はいない。ケツメイシのコード進行にだけではない。サンボマスターの技巧的なソングライティングにだけではない。B'zの歌い上げ方や立体的/平面的なサウンドの奥行き、円熟したDragon Ashのリリックに漲る〈無メッセージ/脱メッセージ=スケール感〉にまで彼の影響力は浸透しているのである。
彼に40が刻まれるとき、それは文化勲章の受章とほぼ等価になり、彼に50が刻まれたとき、いよいよこの国の文化的な方向性を決定した一人として、米国に於けるデューク・エリントンの如く歴史に名を残すだろう。彼が〈海外進出〉を一度も試みなかったことの意味は、彼の音楽の爽やかさに比べ、重く深い。彼の息子達のなかでも長兄と目される小西康陽氏や横山剣氏が〈海外での評価。というものを大して、あるいは全く問題にしていない〉という事実が物語るのは、第一にポップスという音楽はワールドでもカントリーでもなく、シティを歌うものだという事。そして第二には、そのシティはコスモポリタニックではなく、ドメスティックであらねばならない。ということ。
という、ポップ・ミュージックの根元であり、そこからパースペクティヴされる問題は、アメリカとは何だったのか? そして、東京は今、夜の何時か? という、主に時差に関するシンプルすぎる問いである。この問いが解けぬ間だけ~つまりは半永久的に~我々はポップスという音楽の魔法と輝きを浴びることが出来る。
時差。総ての優れたポップスが〈懐かしさ〉という快感を我々に抱かせるのは、事ほど左様に〈ドメスティックなシティ〉というものに流れる時間の在り方と関係している。山下達郎の〈30年間まったく変わらぬ(これは本当に驚くべき事だ)歌声〉は最初の一枚から最新の一枚まで〈清潔に保存された、永遠の、そして最高級の懐かしさ〉を持たせ続けて来た。そしてこれは〈女優がいつまで経っても歳を取らない〉といった魔法とは、全く別の魔法である。未来に向けた懐かしさ。といったものが、彼の音楽には常に漲っている。
そんな彼の、実に7年振りのアルバム『SONORITE』をどう評価するか? というのは、彼の信者たちにとって、神学の難問に等しかったようだ。ある者は待ちに待った神の託宣に喜悦の表情で失神し、ある者は神に対し〈音質が悪いぞ。コンピューターを手放せ!〉と叫び、ある者は〈車屋の手先になりさがったか〉と嘆き、ある者は〈いや。これこそ円熟だ〉と返す。ほとんどの者は沈黙する。達郎なら何でも良いのか。達郎だからこそ、かくあるべきなのか。
“白いアンブレラ/ラッキー・ガールに花束を”は、彼の、その、21世紀最初の『SONORITE』から切り取られ、ボーナストラックとして“風の回廊”のライヴ・ヴァージョンを添えた、正に〈シングル・カット〉という、配信ビジネスによって絶滅の危機に瀕しているアイテム名に相応しい一枚だ。再び。〈30年の長きに渡るキャリア〉というクリシェには、どれほどの重みがあるのか? 〈マイナス10歳〉というスローガンが、大した疑問も持たれずに推奨される時間感覚を持ち、〈この街〉を失い始めている〈この国〉に、稀代のポップ・マエストロの歌声はどれほどの瑞々しい懐かしさを響かせるのだろうか。
果たして、我々を襲うのは……
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