音楽に、演奏者の表面的な器用さを求める人にとっては、このCDは不向きであろう。CDという記録媒体に、過度な録音の良さを求める人にとっても、然りである。このCDを聴くと、とにかく、マタチッチは不器用な人であったと思う。録音も十全とは言えない。でも、このCDを聞いて感動を覚えるのは、何故であろうと自問した時、次の事実に思い当たる。すなわち、マタチッチの音楽に対する真摯さ、生真面目さが、切々と感じ取られるのである。それは、演奏の器用さとか、録音の良し悪しとかとは無縁なことである。多分、聴衆も同じことを感じ取っているのであろう。本来あってはならない曲の途中で遠慮がちに浮き出る拍手(「モルダウ」後の各交響詩が終わった後)は、マタチッチの真摯さ、生真面目さを感じ取っているかのようである。一方、私は、あたかも、この演奏が行われている会場にいるかのような、錯覚を覚えるのである。