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第21回 ─ 栄光のアトランティック(その2)

連載
IN THE SHADOW OF SOUL
公開
2007/04/12   15:00
ソース
『bounce』 285号(2007/3/25)
テキスト
文/林 剛

激動の70年代、ソウル・ミュージックはどのように広がっていったのか!?

 70年代を迎えようとしていた頃、スタックスの配給を手放したアトランティックは黒人音楽を追求するレーベルとしてのカラーを薄め、レッド・ツェッペリンらの白人ロックに比重を傾けはじめていた。ローリング・ストーンズの配給権を獲得したのもこの頃だ。実際、英国のジャーナリストたちが著した「アトランティック・レコード物語」にも70年以降の同社におけるソウル・ミュージックの歩みについての記述はほとんどない。

 社内は変わった。だがそんななか、ソウルに新しき光と道を差し伸べたのが、それまでアトランティック周辺でジャズやポップスに関わってきた人間たちだった。ロバータ・フラックの関係者を見てみるといい。60年代後半、ロバータはジャズ・ピアニストであるレス・マッキャンの口利きでレーベルと契約したが、そんな彼女の初期作品でプロデューサーを務めていたのは、社長アーメット・アーティガンの兄=ネスヒの後を継いで同社のジャズ部門を仕切っていたジョエル・ドーンであった。同じくロバータを手掛けたユージン・マクダニエルズもジョエルのもとで作品を吹き込んだジャズ寄りのシンガー・ソングライター。新しいソウルは思わぬところから芽を吹いたのだ。
▼60~70年代のレア音源を集めたアトランティックの編集盤。

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