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第40回 ─ ラッシュ・アワー

JNEIRO JAREL 真に刮目すべき才能!! 話題のヒップホップ・コスモポリタンが待望のアルバムをドロップ!!

連載
Discographic  
公開
2005/03/03   13:00
更新
2005/05/06   14:06
ソース
『bounce』 262号(2005/2/25)
テキスト
文/出嶌 孝次

「注目を集めるのにうってつけのレーベルだからね。彼らのレコードが好きだし、俺のクレイジーなサウンドにも興味を示してくれたし。じゃあ、やってみる?って感じだった」。

 キンドレッド・スピリッツと契約した理由についてそう語るのは、天才肌のDJ/トラックメイカーであり、タイトなMCでもあるジャネイロ・ジャレル。その経歴やら何やらはスッ飛ばして、まずは彼のファースト・アルバム『Three Piece Puzzle』を聴いてほしい。そこに流れるのは、柔らかで温かいグルーヴが繊細なグラデーションを織り成している美しい光景だ。「意図的じゃないけど、そうなるのが自然だった」というリスニング向けの曲も多く、曲調が多彩とかいう意味でのヴァラエティーではなく、多層的な折衷性が発揮されたうえでの幅広さが自然と展開されているのが素晴らしい。

「アルバムには俺が受けてきたあらゆる影響がほとんど全部入ってる。ヒップホップにジャズ、R&B、ロック、それにブラジリアン・ヴァイブ……まるでガンボだね」。

 その鍋ではさまざまな音楽が滑らかに融和しているが、そのレシピを形作ったのは、ブルックリンに生まれながら全米各地を転々としてきた彼の少年時代なのかもしれない。

「5、6歳でボルティモアへ引っ越して、それからアリゾナ、アトランタ……10歳頃でヒューストンに移った。親が軍隊勤めで引っ越しが日常茶飯事だったんだ。音楽的には、ソウルやジャズが大好きな母親からの影響がいちばんだね。あと、従兄弟のスターとタレックのおかげで、幼い頃からヒップホップが身体の一部だったよ」。

 タレックと88年からラップを始めたジャネイロは、やがて親友のアントンも加えてトップ・ゲージ・ポッセなるトリオを結成。その後はスラム・キッズで活動し、98年よりソロに転向。2004年の“Big Bounce Theory”でキンドレッド・スピリッツからデビューを果たしている。なお、現在の彼は〈ソウルの都〉ことフィラデルフィアに拠点を構え、リッチ・メディーナやレディ・アルマ、キング・ブリットといった地元勢との交流も盛んらしい。

「俺にとってフィリーはバランスの取れた場所なんだ。NYほど忙しくはないけど、いままで住んでた土地ほどのんびりもしてない。ちょうど良い感じで集中できるんだ」。

 そんなリラックスした環境において、彼は自身のレーベル=フー?を立ち上げ、「世界に発信したい美しい音楽がたくさんあるんだよ。それから俺のクルーもね。まるでウータン・クランみたいなんだ」とそのプランを語ってくれた。

 最後にアルバムの表題にちなんで、彼のオールタイム・フェイヴァリット盤を3片挙げてもらったところ、「トライブ・コールド・クエストの『Midnight Marauders』、ディガブル・プラネッツの『Blow Out Comb』、アルチュール・ヴェロカイの『Arthur Verocai』」との回答。そこから想像できるある程度のものと、それを遥かに超えるサムシングが『Three Piece Puzzle』に溶け込んでいるのは、すでに述べたとおりだ。

▼ジャネイロお気に入りのスリー・ピース。


ディガブル・プラネッツの94年作『Blow Out Comb』(Capitol)


アルチュール・ヴェロカイの72年作『Arthur Verocai』(Luv N' Haight)

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