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第28回 ─ ニュー・ジャック・スウィング

連載
Discographic  
公開
2004/05/13   13:00
更新
2004/05/13   19:11
ソース
『bounce』 253号(2004/4/25)
テキスト
文/JAM、出嶌 孝次

あの頃、みんなをフロアへと連れ出した黄金のダンス・グルーヴ、
時代のモードをガラリと変えて過ぎ去った唯一無比のアーバン・サウンド、
それが……ディ・ディ・ダ・ダ、ニュー・ジャック・スウィング!!

 ニュー・ジャック・スウィング――直訳すれば〈新しい黒人のスウィング〉? ハーレム出身の早熟な天才=テディ・ライリーがキース・スウェットのメジャー・デビュー曲“I Want Her”を皮切りに送り出しはじめたストリート感のあるR&Bは、それまでの〈ブラコン〉とは決定的に違うダンサブルでハネるビートを備えていた。当初は〈プログレッシヴR&B〉などと呼ばれていたそのサウンドは、ジャーナリストのバリー・マイケル・クーパーによって〈ニュー・ジャック・スウィング〉(NJS)と名付けられ、熱病のようにシーンを席巻していく。その強靱なビートはダンス・ブームを巻き起こし、ユニークなファッションも相まって日本にも上陸した。ヒップホップの台頭もあってブラック・カルチャーが世界中に浸透していくなか、NJSは新しい世代/時代を象徴するビートとして鳴り響いた。この時期にはアレサ・フランクリンやスティーヴィー・ワンダーのような大物から、ブラコン・シンガー、ラッパー、果てはデビー・ハリーやボーイ・ジョージまでもがNJSにトライした。大袈裟じゃなく、みんなが最先端のダンス・サウンドに挑んだのだ。

 ただ、特徴的なハネを基盤にしたNJSのビートは多くの模倣と粗製濫造を招き、同時にオリジネイターたちが次代のサウンドを模索しはじめたことで、一気に姿を消していく。最終的にその幕を引いたのは、奇しくもテディのマネを起点とするジョデシィ、そしてR・ケリーだった。彼らが台頭した92~93年を境にR&BのBPMは一気に落ち、スロウ偏重時代へと突入していく。ただ、現シーンの中核を担うアーティストやプロデューサーたちがこの時期に登場している事実は見逃せないし、NJS時代に生まれた楽曲たちはいまのR&Bシーンにおけるスタンダード~クラシックなものとして定着している。そのグルーヴはいまなお後続に影響を与え続けているのだ。(編集部)