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第2回 ─ エレクトロニカ~ハウスを横断する鬼才マシュー・ハーバートがゲスト出演! え!? 消火器を叩くビッグバンドだって?

連載
鈴木惣一朗の貝がらラジオ
公開
2003/05/22   14:00
更新
2003/05/22   17:16
ソース
『bounce』 242号(2003/4/25)
テキスト
文/bounce編集部


鈴木惣一朗(以下、ソウ)「ハーバートさんの名前は伺っていたんですが、実はほとんど知らなかったんです。で、新作『Goodbye Swingtime』を聴かせていただんですが、僕の印象は〈パーフェクト!〉でした。前作も聴いたんですけども、そこからの大きな飛躍というか、なにか新しい音楽のヴィジョンが見えるきっかけがあったんですか?」

マシュー・ハーバート(以下、ハー)「ワォ! パーフェクトだなんて嬉しいな。前作のときは7年前の曲や、いままで作りためたトラックをつなげて作ったものもあったんだ。でも今回のアルバムは、半年間集中して、いちから作曲したよ。そして、それぞれの曲を伝統的なものから実験的なものまで、全く違うタイプのものにしようっていうヴィジョンは最初にあったね。だから、準備期間もすごく長かったし、こういうふうに出来上がったんだと思うな」

ソウ「内容がスウィング・ジャズだってことに驚いたんですが、以前からジャズに興味は?」

ハー「18歳のころに一時期ビッグバンドでピアノを弾いていたことがあったんだ。デューク・エリントンの〈A列車で行こう〉なんかを演奏したりしてたね。カウント・ベイシーやホーギー・カーマイケルなんかも好きで、ジャズについてはスタンダードなものをけっこう聴いてたよ。スズキさんは、どんなジャズが好きだったんですか?」

ソウ「僕も静かでロマンティックなものが好きで。例えばクロード・ソーンヒルとか。彼は1940年代の人で“Snow Fall”っていう曲が有名なんですけど、ご存知ですか?」

ハー「知らないけど、ぜひ聴いてみたいな。あとでスペルを教えてください」

ソウ「オッケー。でも、今回テーマにビッグバンド・ジャズを選んだのは決してリヴァイヴァルじゃなくて、ある種挑戦なんですよね、きっと」

ハー「うん。大きなプロジェクトにとりかかりたかったんだ。これまで電子音楽で学んできた美学や教訓を、電子音楽にはいちばん適していない場所で応用してみようと思った。ある面、ビッグバンドと電子音楽は正反対で、例えば20人集めて演奏しているようなハーモニーを、電子音楽はスタジオで一人で作れてしまう。でも、そういったリスクで少し遊んでみようと思った」

ソウ「実際やってみてどうでした?」

ハー「レコーディングはアビーロード・スタジオで4日間やって、そこでレコーディングしたものをコンピュータに取り込んで加工していった。参加してくれたミュージシャンたちは皆プロだから、楽譜に書いたことはちゃんとやってくれるんだけど、変わったことをやってもらおうと思ったら信頼を得ることが必要だったね。結局、最後の日には消火器を叩いてもらったりしたんだけど(笑)」

ソウ「いや~、それはすばらしい(笑)。でも、レコーディング時のノイズをすべて活かすっていうあなたのやり方は、僕自身も大切にしてきたことでとても共感しました。そういうポリシーって現代音楽からの影響があったりするのかな」

ハー「音楽学校に行ってたころはそういうものもよく聴いてたけど、いちばん衝撃的だったのは、サンプラーを買ったときだね。初めてサンプリングしたのはジェイムス・ブラウンで、出てくる音はカッコイイけど、なんかインチキしているような気がした(笑)。でも、その後にリンゴを囓る音をサンプリングしてみたら、素晴らしい音が出てきて、インチキみたいな気もしなかったし、オリジナルな音が出来たと思ったよ。だから、それ以来ジェイムズ・ブラウンはサンプリングしてない(笑)。でもスズキさんの音楽にも、オリジナルでいようとする探求心や、それぞれの楽器や音からできる限りの可能性を引き出そうという姿勢が感じられましたよ」

ソウ「そう言ってもらえると嬉しいな(照)。それにしても、ハーバートさんて、とってもロマンティストですね。曲を聴いてたらよくわかる。ロジカルな面も伝わってくるけれど、いい曲なんだ、どれも」

ハー「それが人間でいることの楽しい部分なのかもしれない。どれだけロジカルでいようとがんばっても、ほかの部分がはみ出てきてしまう。とにかく自分にいろんな難しいルールを課して厳しくするほど、音楽が自由なものになってきてリラックスして作れるから、そこがいいんだろうね――。多分スズキさんもそうだと思うけど、スタジオに入っているときって、すごく細かい点にばっかり目がいってしまって作業しにくくなる場合がある。そんな時、スズキさんはどうしてるの?」

ソウ「お風呂に入ってる(笑)。日本人はすごくお風呂が好きで、僕のコンピュータ・ルームのすぐ横がバス・ルームなんですよ」

ハー「なるほど、それはすごい(笑)」

ソウ「最後に突然硬くなりますけど。僕はアメリカの音楽がすごく好きだったんですけど、現在のアメリカには複雑な想いを抱いてるんです。今回ハーバートさんがやられているスウィングは、アメリカがアメリカらしかった時代のものだと思うんですが、
ハーバートさんのアメリカに対する現在の想いを、教えてください」

ハー「ガールフレンドがアメリカ人なんで、言葉に気をつけなきゃならないんだけど(笑)。いちばん問題なのは、アメリカが世界中の国にも大きな影響を与えていて、ほかの国々の人々がアメリカのライフスタイルや理想を無自覚に採り入れようとしていることだと思う。現在のアメリカの音楽の内容には嫌いなものが多いけれど、その反面、ジレンマを感じるのが、自分のサウンド・プロダクションにいちばん影響を与えているのがティンバランドだとかネプチューンズだったりすることで……。でも、僕がジャズの面で影響を受けたデューク・エリントンやマイルス・デイヴィス、セロニアス・モンクといった人たちは、彼らがどこの国の人間かというのとは関係なく、素晴らしい音楽だから影響されたってことは確かだけどね。それにしても皮肉なのは、優れたアメリカ音楽――ブルースやジャズといった1920年代の黒人音楽は、抑圧された人々が生み出した音楽だったのに、いまではアメリカが抑圧者になってることかな」

ソウ「僕が最初に言ったクロード・ソーンヒルは、第2次世界大戦中にとってもロマンティックな音楽をやっていたんですよ。ハーバートさんが今、こういうロマンティックな音楽を作るってことには対しては、すごくラディカルなものを感じるな」

ハー「偶然で始まったことなんだけど、いまこういう音楽をやってるっていうのは、多分偶然だけじゃないって思うね」

▼ハーバートがオススメするビッグバンド作品を紹介。