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インタビュー

カルロス・アギーレ

ヨルバ、スペイン、先住民文化の全てを表現するアギーレの新作

オーガニックで繊細な音の深い聴取(Deep Listening)──いわゆる「クワイエット・ミュージック」ブームが日本の一部リスナーの間で始まったのは、2〜3年前のことだ。そして、そうした動きに呼応する形でこの5月半ばに開催されるのが『Sense of "Quiet"』なるイヴェントである。ブームの火付け役となったアルゼンチンのピアニスト/シンガー・ソングライター、カルロス・アギーレも、当然ながら参加する。しかも、クワイエット・マニアの間ではアギーレ以上にカルトな人気を誇る同国のギタリスト、キケ・シネシも帯同して。

折りしもアギーレは先日、4年ぶりの新作『オリジャニア』をリリースしたばかり。そこで、彼に新作や来日に関して電話で話を聞いてみた。        

『オリジャニア』制作は、実は7年ごしのプロジェクトであり、カルロス・アギーレ・グルーポとしての3作目『Violeta』(08年)や、ソロ・ピアノ集『Caminos』(06年)などと並行して録音されている。その背景には、これが特別なコンセプトに基づいたアルバムであること、海外の多くのミュージシャンが参加しているため録音に時間がかかったことなどがある。

「本作の最大のコンセプトは、ラテン・アメリカ文化に与えたアフリカ文化の影響の検証、ということだ。すべての曲がラテン・アメリカ系リズムをベースにしている。そして、それらが随時混交したりもするんだ」

参加しているのは、ブラジルのモニカ・サウマーゾやグラストン・ガリッツァ、チリのフランチェスカ・アンカローラ、ウルグアイのウーゴ・ファットルーソ、コロンビアのアントニオ・アルネド等々。もちろんアルゼンチンからもモノ・フォンタナにフアン・キンテーロ、キケ・シネシ、ルイス・サリーナスといったその筋の異能たち、あるいは、カルロス・アギーレ・グルーポの現メンバーであるフェルナンド・シルバやシルビア・サロモーネ(アギーレの妻でもある)などが参集している。

「彼らは皆、この“アフロ系”を意識しており、その作品、表現を美的見地から私が身近に感じる音楽家ばかりだ。出身国は様々で、一人一人が違う文化や地方特有の表現を持っているが、皆、共通の呼吸をしている。そこに漂う香りには、ラテン・アメリカとしてのアイデンティティ、鼓動があるんだ」

では、アルバム・タイトル『オリジャニア(Orillania)』に込められた意図は?

「〈Orillania〉 は新語であり、南米大陸の沿岸の地域を示している。というのも、本作は全曲、川沿いや海沿いのリズムをベースにしているからなんだ。また〈Orisha〉(奴隷制時代にアフリカから伝わったヨルバ系の神々)とのつながりを示してもいる。ヨルバ系文化は、スペイン文化や先住民文化とは異なるが、〈Orillania〉 はそれら全部を表現する、誇るべきものなんだ。南米各地を演奏して回っていると、いろいろな新しい友人と出会う。私は、各々の土地の風景や生活、音楽などに接しながら、旅に関係したテーマの曲を自然に作るようになった。そして、それらの楽曲を1枚のアルバムとして残さなくてはならないと思うようになったんだ」

かような明確な意図と経緯の下で作られたコンセプト・アルバムなれば、当然、音の方もこれまでの作品とは肌触りが違ってくるわけだが、しかし汎南米的リズムの躍動の中にもアギーレならではの繊細なセンティメントは隅々まで浸透しており、結果、音楽家としての彼の立体像が一段とくっくり浮き上がる作品になっている。

「自己を見つめる、内省的な音を探っていた過去のアルバムとは違い、今作では、自身の中にあった爆発的なエネルギーを再発見した感じなんだ。でも、自分自身とリスナーに素直に向き合い、今我々が生きているこの時代により深く冷静な視点で向き合うという私の一貫した姿勢には変わりない」
そして最後に、一昨年の初来日コンサートについても、ひとこと。

「日本に関しては、素晴らしい思い出ばかりだ。各場所のオーガナイザーやライヴ後に話しかけてくれた多くの人々との出会いだけにとどまらず、日本という国を愛する海外の人たちの振る舞いや作品まで。次に新しい音楽を作る時、そういう人たちと共通する思いを分かち合いたいという気持ちが生まれた」

今回の『Sense of "Quiet"』には、ブラジルからはヘナート・モタ&パトリシア・ロバート、日本からは青葉市子、笙奏者の東野珠実も参加することになっている。その出会いの中から、きっと新たな〈静かなる音楽〉も生まれることだろう。

LIVE INFORMATION
『sense of “Quiet”』

5/13(日) 14:00 開場/14:30開演
会場:浄土宗大本山光明寺・大殿(本堂)
出演:ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート、沢田穣治 (b)、 マヤ (harmonium, etc)/東野珠実(笙・竽)、三浦礼美 (笙)、中村華子(笙)、瀬藤康嗣 (法螺貝)

5/15(火)、16(水)18:00開場/18:30開演
会場:草月ホール
出演
(5/15):カルロス・アギーレ・ウィズ・キケ・シネシ/青葉市子(vo, g)
(5/16):ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート、沢田穣治 (b)、 マヤ (harmonium, etc)/キケ・シネシ+ゲスト:カルロス・アギーレ(※5/15とは別の演目を予定)

http://www.nrt.jp

photo by Ryo Mitamura

 

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年05月11日 15:06

ソース: intoxicate vol.97(2012年4月20日発行号)

取材・文 松山晋也