アルバ・ノトの作品の中でも特に重要な作品が、特定の人物/プロジェクトのために捧げられた「曲」を集めた『For』だ。これは『1』と『2』が存在するが、本作は長く廃盤になっていた『1』と最新作『2』をカップリングした何とも贅沢な日本独自企画盤だ。
先ほど「曲」とわざわざカギカッコでくくったのには、意味がある。ここで展開される「曲」は、それまでの既存の楽曲の概念を大きく覆すものだからだ。それまで、音を極限まで切り詰めた音楽として、1960年代にミニマル・ミュージックが生まれたが、しかしながら、そこでは楽器が使われており、従って、何らかの音程やリズムをもった「音」によって楽曲が編まれていた。この作品は、当時萌芽したばかりのデジタルによる音作りを突き詰め、音程すら取り払った。アナログ時代ならば一種の騒音として唾棄された細かいノイズやハム音を、デジタルの力を使い制御し、鳴らすことで、「曲」として成立せしめたのである。ここから、前世代とは大きく一線を画す、デジタル世代のミニマル・ミュージックが生まれたわけだ。このアルバムには、1999年から2008年というデジタル世代のミニマル・ミュージックもしくはエレクトロニカが最も変化した時代の「楽曲」を収録している。そのどれもが、ある特定の人/プロジェクトに向けた書かれたためか、会話する(実際には一方的に語りかけているだけだが)ノイズとなっている。その音は静かで、そして、とても優しい。このアルバムを聴いていたら、ノイズでのみ構成される宇宙の「音」が、よく聴くと楽曲のように聴こえてくるのを思い出した。傑作である。