両翼配置で聴ける第2番イ短調Op.55が特に素晴しい。楽長さんのおっしゃるとおりだと思う。ワクワク気分になって、次にヘ長調"Urbs Roma"を聴いて、こちらはガッカリ。この曲だけヴァイオリンが両翼ではなく集合配置にしか聴こえない。何でや~!! 第1、第2の掛け合いがより多めで、さらに両翼配置の威力が発揮できると期待したのに~!! ヘ長調は交響曲全集の中で一番最後に録音されたようだが、ここに至って指揮者もオケも両翼でやることに疲れ果ててしまったのか? どうせ両翼で聴けないなら、この一曲のみに関しては、むしろマルティノンの古い録音の方が尖鋭な推進力で勝る。というわけで、星一つ減らさせていただきます。 と、コメントしてはみたものの、その後、この交響曲ヘ長調"Ulbs Roma(首都ローマ)"が一番気懸かりになって、何度も聴き直した。マチェラルは、第一楽章でマルティノンがすっ飛ばした提示部反復を義理堅く実行して、古典的ソナタ形式を際立たせる。スケルツォでは低弦が豪快に轟きブルックナーみたいな"泥臭さ"を強調した後、緩徐楽章はベートーヴェン(エロイカの葬送行進曲)みたいに始まる。さらにフィナーレは、何だかブラームス(ハイドンの主題による変奏曲)に似た雰囲気!! この"ドイツっぽさ"は何?? ベートーヴェンの影響? それは有りだろう。しかしブルックナーやブラームスは?それは絶対に有り得ない。サン=サーンスがこのヘ長調交響曲を作曲した1856年当時、ブルックナーの交響曲やブラームスの管弦楽による変奏曲は、まだ世に出ていない。断片すら存在しない。だから、ヘ長調交響曲の"ドイツっぽさ"はサン=サーンスのオリジナルである。彼がハイドン、モーツァルトやベートーヴェンなどの作曲技法を学習、研究し、換骨奪胎して自己薬籠中のものとした成果である。それが、1860年代から70年代以降に出現することになるブルックナーやブラームスの作風をも予感させるのだ。こんなことはマルティノンしか聴いていなかった時には気づけなかった。でもマチェラルが気づかせてくれた。となると、星一つ減は撤回するしかありませんね。