希代のエンターテイナーにして、ヒップホップの未来を担うラッパー、サイプレス上野の月刊連載! 日本語ラップへの深~い愛情を持つサイプレス上野と、この分野のオーソリティーとして知られるライター・東京ブロンクスの二人が、日本語ラップについてディープかつユルめのトークを繰り広げます。今回取り上げるのは、RIP SLYMEのファースト・フル・アルバム『Talkin' Cheap』。

●今月の名盤:RIP SLYME 『Talkin' Cheap』 ファイル(1998)
RYO-Z、PES、ILMARI、SUの4MCとDJ FUMIYAによる5人組、RIP SLYMEのファースト・フル・アルバム。〈和製ファーサイド〉などと称された賑やかな集団MCスタイルと、DJ FUMIYAによる非凡な音作りが高い評価を獲得。本作を経て、彼らは2001年にメジャー・デビューを果たした。(bounce.com編集部)
ブロンクス 昨日、今回取り上げる『Talkin' Cheap』を聴き直したんだけど……。
上野 むちゃくちゃ良いアルバムっすよねえ。
ブロンクス そうなんだよね。一番初期ってまだDJ FUMIYAは加入してなかったよね。
上野 そうなんすか? 俺が知ったときはもうFUMIYA君がいましたけど。
ブロンクス 最初のミニ・アルバム『Lip's Rhyme』を出した頃のDJって、まだSHOJIとShigeの二人体制なんだよね。しかも、俺の記憶が確かなら、この二人は元ヤンってのを売りにしてて。
上野 アツいなあ(笑)。
ブロンクス 確か、結成してすぐにFG*1周辺のイヴェント〈YOUNG MC'S IN TOWN〉で優勝したんだよね。『Talkin' Cheap』の時点でも、FUMIYAはいたけどSUはまだ入ってない。
*1 FUNKY GRAMMAR UNIT。RIP SLYME、RHYMESTER、KICK THE CAN CREW、EAST END、MELLOW YELLOWらが所属するヒップホップ・コミュニティー。
上野 そう言えば、SUさんとFUMIYA君の兄貴がMELLOW DOWNってダンス・グループをやってましたね。
ブロンクス EAST ENDのバック・ダンサーだよね。で、DJ FUMIYAがMELLOW DOWNのDJとして出て来たんだ。
上野 FUMIYA君はもともと辻堂のクラブの看板DJとして、中3とか高1くらいから活躍してたんですよね。スクラッチがむちゃくちゃ上手いことで有名だった。
ブロンクス RIPは俺らからしても、結構身近なところにいるグループではあったよね。よく行ってた錦糸町のクラブ、NUDEでもイヴェントをやってたし。
上野 FGのなかでも近しい存在だったかもしれないっすね。
ブロンクス イメージ良かったよ。下北沢のクラブ215で〈YOUNG MC'S IN TOWN〉をやってたとき、もうはじまってるのにRIPのメンバーが外でチケットを売ってて。当日で入ろうと思ってたら安く入れたことがあった。そのとき、「RIPがんばれ!」って思ったのを覚えてる(笑)。
上野 〈YOUNG MC'S IN TOWN〉かあ。215でやってましたよね。『Talkin' Cheap』のちょっと前くらいでしたっけ? FLICK*2とかも出ていて。
*2 KASHI DA HANDSOMEとGOのユニット。
ブロンクス ほかにもLITTLE君とか……あと、牛舌喰らう。
上野 牛舌喰らう(笑)! DJ BASSさんと魔梵さんの幻のユニットだ。ウータン・クランをもじってるという(笑)。
ブロンクス 俺はZINGI一家のなかでは、本隊や童子-Tより牛舌喰らうのラップが一番タイトで好きだったよ。『BEST OF JAPANESE HIPHOP』に入ってた曲しか知らなかったけど。で、そうやって、RIPとKICK(THE CAN CREW)と、童子-T & DJ BASSなんかがいっしょにやっていた。当時はその辺の人たちがひと括りに見えてたけど、実際にはセンスや方向性は結構違ったよね。正直、RIPは軽やかで好きだったけど最初のシングル以降のKICKはないなって思ってたね。
上野 俺も当時はそうでしたね。否定しないと……みたいな気持ちはあったと思う。
ブロンクス いまも別に聴き直したりはしないけど、当時、KICKには必要以上の敵意を抱いてたな(笑)。
上野 KICKが名古屋公演の後、俺らが出てたイヴェントに遊びに来たことがあったんですけど、みんなステージ上からKICKのことを全力でディスってて。そしたらクレさん(KREVA)が「なめんな若造」って感じで上がってきて。フリースタイルをガツンとカマした後に、「俺が日本で一番稼いでるラッパー!」って。「ヤバい、カッコ良い……」と思った(笑)。
ブロンクス KREVA君はそこで上がって来てくれるからイケてるよね。俺みたいな偏見を持ってるやつのところに来て、目の前で証明してくれる。だからこっちも「すいません、実は食わず嫌いでした……」ってなっちゃう。
上野 そうなんすよ。若い子はみんな好きだったんだろうけど、クレさんはソロでヘッズのプロップスを取り戻したというか。
ブロンクス そうそう。上ちょ(サイプレス上野)はRIPをいつから聴いてた?
上野 『Lip's Rhyme』の頃は、実はスルーしてたんですよ。FGに属していて、MELLOW YELLOWの弟分みたいな存在だったじゃないですか。当時は雷周辺を聴いてる身として、FGのなかでハーコーな空気を持ってるのはRHYMESTERだけかな、みたいに思っちゃっていて。
ブロンクス なるほどね。
上野 でも、その後にアナログの12インチでリリースされた“白日/真昼に見た夢”にやられた。「超かっけえ!」と。
ブロンクス “白日”はリリックが良かった。〈入れっぱなしのこんな日は~〉っていう。
上野 あれはヤバかった。「入れっぱなし? 何を?」っていう(笑)。
ブロンクス PESはいまでもそういうラインを自然に入れてくるでしょ。“JOINT”とか、上手いこと言うなって思ったよ。大学っぽいサークル系のFGのなかで、RIPはスケーターのりっていうか、レイドバックした感じで。“白日/真昼に見た夢”でRIPは、一気にストリートにアプローチしたよね。
上野 ヘッズの間でも大ヒットでしたね。そこから盛り上がっていって、この『Talkin' Cheap』が出たって印象っすね。