続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
〈居酒屋れいら〉の主人がなぜかずっと号泣しているので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。
店を出た直後から周囲の景色に違和感を覚えていたのだが、やはりおかしい。というか、ここはどこだ!? 気付けば辺りの建物や街路樹や自動車がブリキのオモチャめいている。夜空には糸でぶら下げたような星々が瞬き、その間をしきりにホウキ星が飛び交っていて、見れば足元にも星の欠片が落ちているではないか。なぜこんなファンタジー染みた街に迷い込んでしまったのか!? ガス燈の下をゼンマイ仕掛けの木馬が走っていくのを呆然と眺めていると、不意に肩を叩かれた。
「先生、ボクやボク」との声に振り返ってみると、見知らぬ大入道が立っていた。
「お忘れでっか、タルホです、別名ポンピイ。せやけどその正体はお月様ですわ」。
何だかサッパリわからないが、その男は確かにお月様のようにまん丸くて黄色い。
「今日は先生にCDを紹介しまっせ。まずはハリケーン・スミスのベスト盤『Don't Let It Die』(Cherry Red)。ずっと音楽業界の裏方で仕事してたこのオジサン、49歳で歌手デビューしたクセにノスタルジックで切ないポップスを歌わせたら天下一品や。古き良きダンスホール音楽風ちゅうか、大昔のハリウッド映画風ちゅうか……夕刻に近所の家から漂ってくるシチューの香りのようにキュンとするから、勝手に〈シチュー系〉と呼んでるんですわ。
2004年作『From Me To You』(Store For Music/Abstract)も再発されたんでいっしょにどうぞ。けど残念ながら2008年に天に召されてしまったんや(合掌)。
続いてのジャズ・ブッチャーによるギター・ポップ名盤『Distressed Gentlefolk』(Big Time/Vinyl Japan)も、“Who Loves You Now?”ちゅう洒落たシチュー系の名曲が入ってるから侮れまへん。
で、そのバンドを脱退したマックス・アイダーの87年作『The Best Kisser In The World』(Big Time/Vinyl Japan)にも、ネオアコ好き悶絶の煌めき曲の他に、シチュー系のムーディーなナンバーが満載でっせ。
さらにラトルズのニール・イネスによる79年作『Book Of Records』(Polydor/ミュージックシーン)も小粋なシチュー系ソングがあって最高や。ちなみに先生、シチューゆうてもビーフじゃあきまへん、クリームでっせ!」。
そう言い放ったのも束の間、男の姿は影も形もなくなっていた。ふと宙を仰ぐと、先ほどまではなかったまん丸いお月様が燦々と輝き、傍らでは瞬く星たちがハリケーン・スミスの笑顔をキラキラとかたどっていた。