古川 そうだよね。あと個人的に〈1999年、日本語ラップ最重要年〉説っていうのを唱えてて。「bounce」で、2002年に〈日本語ラップ〉特集したとき書いたんだけど*4、まず90年代前半の日本語ラップ冬の時代以降から、さんぴんキャンプが96年にあって。あのくらいの時期に活躍してた人たちが軒並み99年に総決算的なアルバムを出すんですよ。たとえばRHYMESTERの『リスペクト』だったり。そこでいったん、日本語ラップの90年代中盤からの盛り上がりがひと区切りされる。で、THA BLUE HERBもアルバムを出したのは98年なんだけど、一定の評価を受けたのは99年で。Shing02の『緑黄色人種』も99年。さらに言うと、ジブさん(ZEEBRA)がDragon Ashにフィーチャーされて“Grateful Days”をリリースしたのも99年。“I LOVE HIPHOP”も同時発売。
*4 その時の記事はこちら。
上野 アングラ・ヘッズが「Shing02、THA BLUE HERBヤベェよ」って言ってる横で、テレビからはDragon Ashの“I LOVE HIP HOP”がかかってきて。ドリームラップス*5一同「オレたちはドコへ行くべきか……」って。「とりあえず、客の顔とか蹴ろう」「鋲を付けるか」って。
*5 上野氏の所属していたラップ・グループ。
一同 (爆笑)。
古川 だから、日本語ラップが一度総決算されたと同時に、いままで一枚岩だと思われてたシーンが、実はそうじゃなくていろんな人がいるんだということが顕わになった。さらに言えば〈ヒップホップ〉という言葉なんて関係ないヒットチャートにさえ、ラップが拡散していった……そういう〈二極化〉と〈分散〉が全部99年に始まって、その長い延長線上にいまのシーンはある。THA BLUE HERBはその始まりの象徴でもあったんだよね。
ブロンクス そう言えば、THA BLUE HERBのライヴはホントすごいですよね。オレらも結局はみんなライヴでヤラれたんですよ。
上野 BOSSくんの〈NO SIDEKICKS〉ってツアーTシャツに感銘を受けて。ヤベェとおもって「そのTシャツ、カッコイイっすね、どこのっすか」って訊いたら、自信満々に「分かった?」みたいな顔で「オレのだよ」って。
古川 あの人らしいな~。
ブロンクス ライヴDJのDYEくんがまた上手いんだよね。BOSSくんが客席を指差した瞬間にジミヘンをジャーン!ってかけたり。
上野 アレは吉野に見せたいですね。オレらのライヴは、ほとんどは事前にセットを組んでるんですけど、たまに状況を見て、即興で「これはこうだな」ってやると、「吉野、違えよ!」ってことに(苦笑)。
古川 ヤリ損(笑)。BOSSはMCとしての基礎体力が凄いんだよね。レコーディングでもかぶせ無し。パンチイン・パンチアウト無し。だから、単純に1MCとして凄いと思ってたし、だからこそ日本語ラップの枠を超えて支持されてたのは不思議だったし、いまだにその理由をはっきりとは説明できないんだよね。
ブロンクス KRSワンも、ステージは観客が興奮してる間にさっさと切り上げろって言ってんのに、BOSSくんはとことん2時間半とかやるじゃないですか? なんでそこまでやれるのか?
古川 彼はハウスが好きじゃないですか? ハウスって基本的にロング・セットだから……彼がライヴで見せたいストーリーには、それだけの長さが必要ってことなんじゃない? そもそも、彼は〈ストーリー〉を語るのが上手いんですよ。それは曲単位でもそうだし、自分たちの境遇を〈札幌vs東京〉という図式にして、皆がわかるようにこのアルバムに落とし込んでいったこともそうだしさ。
ブロンクス バック・ストーリーが見えるアルバムと言うか。間違いないっすね。
古川 で、いまBOSSがNORIKIYOくんとかとつながってるっていうのは、それは分かるなっていう話で。SDPとか、いまの〈ワルい子〉たちの作品の中でオレが好きなのは、日常をドラマ化するのが上手いところ。そういう意味では、(BOSSと最近の若手ラッパーたちが)精神的に繋がってるなあって感じる時がある。
ブロンクス しかも、これを出してるのって有名なハードコア・パンクのレーベルなんですよね。北海道で20年以上活動してる大御所のSLANGや、最近だと大阪のSANDとかともライヴで共演してるし、実際ハードコアの世界でも凄い人気がある。ヒップホップってちょっと斜に構えてるでしょ。でも、BOSSくんとハードコアの人たちは凄い真っすぐで、表現の根本が似てるんじゃないかな。小手先じゃなくて身を削るというか。
上野 っていうか、ブロンクスくんは共演ラッパーじゃないですか(笑)。やっぱりあの時は……。
ブロンクス シスコ坂での“MIC STORY”のゲリラ・ライヴ*6ね(笑)。あのときのことを説明しようか。まず、SEEDAくんが急病で、ライヴ出来る状態じゃないってわかったのがライヴを始める予定の20分前で。その時点でもうB-BOYが200~300人くらい集まっちゃっていた。BOSSくんは最初「これはオレの曲じゃなくてSEEDAの曲だから1人ではやらねえ」って言ってて、オレも「そうっすよねえ……」て言ってたんだけど、5分前にもう1回「これで断られたら諦めます。でも、このライヴのために集まってくれた奴らならSEEDAくんのパートは歌ってくれると思うし、歌わなかったら、オレたち(関係者)がみんなで歌うんでお願いします!」って頼み込んだら、最後の最後でOKしてくれた。でも、いざライヴが始まってたらみんなまだ騒然としてて全然歌ってくれなくて(笑)。結局オレが歌ったという……。かつ、オレもいきなりの修羅場にビビッちゃって、リリックが飛びまくって。そしたらBOSSくんが空気を察して、途中から全部フォローしてくれた。あれは身を削るって言うより寿命が一年は縮んだね(笑)。でも、あのときのBOSSくんは本当に格好良かった。
*6 2007年12月9日に渋谷・宇田川町にて敢行。SEEDAとILL-BOSSTINOが共演曲“MIC STORY”を披露する予定だったが、本文中の理由により、ILL-BOSSTINOのみの出演となった。
上野 そんな裏話が……でも、それは誰でもビビりますよ(笑)。
ブロンクス でも、最近はいわゆるTHA BLUE HERB信者って、何か醒めてきてるんじゃないかって、なんとなく感じてるんですけど。オレみたいな最初はアンチだった奴にまで広く受け入れられたことによって。
古川 「俺たちだけのTHA BLUE HERBだったのに」って感じているんじゃないかってこと? それには一つの考え方があって、THA BLUE HERBの魅力と、このファースト・アルバムの魅力っていうのは、実は分けて考えた方がわかりやすいんだよ。このアルバムは、THA BLUE HERBそのものが持ってる魅力にプラスされているものがあって。すごくわかりやすく言えば、彼らはこの時点では仲間がいない。孤独なんだよね。古今東西、ヒーローと呼ばれる存在は孤独なわけですよ。このファーストには、そういう男の子が好きなヒーロー像っていうのがすごく出てる。
ブロンクス 確かに。
古川 だから、このファーストに極端に思い入れがある人は、それ以降のTHA BLUE HERBを別物に見てるんじゃないかなと思う。
ブロンクス 確かに、この後の音源でアルバムに近いなと思ったのは“A Sweet Little Dis”くらいで、ほかはちょっと違うっていうのはわかりますね。
上野 “A Sweet Little Dis”は……。
一同 いいっすよねえ~。
古川 BOSSという人はラップが好きだし、ヒップホップも好きだし、もっと言えば日本語ラップというシーンのことも好きで、だからこそ攻撃するんだよね。その攻撃が有効だったからこそ、みんな聴いたし、 衝撃を受けたわけだし。彼らのフォロワーたちは、別にシーンのことも好きじゃないし、みんなと繋がろうとも思ってない。それはつまんないわけですよ。繋がるために、人をこっちに向かせるために何かをやってるということが、このアルバムを素晴らしいものにしているんじゃないかな。
ブロンクス それをやり切られたから、オレとか古川さんは、まず謝っちゃった(笑)。
古川 そうそう(笑)。やっぱり俺は、基本的には見捨てられたり、無視されたりした人たちが、上を見て、何かキラッとしたことを言う瞬間が、ラップを聴いてて一番好きなのね。そういう部分はNORIKIYOにも感じるし、BRON-Kのアルバムを聴いても、GEEKを聴いててもMONJUを聴いてても、そういうきらめきはすごくある。だから、個人的にはもう、このファーストを聴きたいと思う瞬間はほぼなくなってるんだけど、でも、このアルバムが出たことで、自分の好みが決定付けられたっていうのは凄くある。だから、彼らの作品で一番好きなのはこれってことになっちゃうな。
ブロンクス まあこうやって、オレらが先にカミングアウトしたわけだから、東京で嫌いって言ってたやつも、躊躇せずにCD屋に走って欲しいよね。それで、BOSSくんが良いって言ってくれてるSEEDAくんやNORIKIYOも一緒に買って欲しい(笑)。
古川 でも、THA BLUE HERBしか聴いてない人たちは、ほんとにNORIKIYOとかGEEKとか聴けばいいのにね。下手なフォロワーなんかより、全然近いと思うけど。
上野 あと、オレらとSTERUSSもぜひ(笑)。
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