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第155回 ─ 笑顔でサヨナラ! SUPER BUTTER DOGのファンク道を復習

連載
360°
公開
2008/09/18   01:00
更新
2008/09/18   17:48
ソース
『bounce』 302号(2008/8/25)
テキスト
文/小野田 雄

解散まぎわのバンヂージャンプ


  果たして、歌心とファンクネスは日本の風景のもとで同居し得るのか? 先頃、解散を発表した5人組バンド、SUPER BUTTER DOGの結成から現在に至る歩みは、その飽くなき挑戦の歴史であり、外来のファンクを日常に溶け込ませるべく行った試行錯誤の連続であった。彼らの結成は94年。ヴォーカル/ギターの永積タカシとギターの竹内朋康が中心となり、同じ専門学校に通っていたメンバー6人によってスタートしたが、そのライヴ活動がプロデューサーであるS-Kenの目に留まり、各種コンピへの参加、そして96年にインディーから発表したアルバム『犬にくわえさせろ』へと繋がっていく。この作品では歌詞の世界観を含め、クラブ・ミュージックの延長線上にある熱くなりすぎないファンクを提示。収録曲“CHEEBA-CHEEBA”のタイトルは、サンプル・ソースとしてお馴染みのジョージ・ベンソン“Smokin Cheeba-Cheeba”を由来としているはずだが、その痕跡は90年代以降のポスト・レア・グルーヴの流れのなかからSUPER BUTTER DOGが誕生した証でもある。

 そして、翌97年にメジャー進出を果たした彼らはデビュー・アルバム『FREEWAY』を発表。時にアグレッシヴでありながらも前作の作風を温かく膨らませながら、永積が作詞やタイトルの付け方の面で日常との接点を模索しはじめた作品でもある。続く98年の『333号室』は、紅一点のヴォーカル/コーラス、山口めぐみが参加した最後の作品であるが、ここでは部屋で思いを巡らせる1人の主人公をテーマにインドアなファンクへとシフト・チェンジ。バンドは音数を減らしながら、ゆったりとしたリズム・ループにヒップホップやトリップホップの影響を滲ませていたが、その反動は99年作『Hello! Feed☆Back』に色濃く表れている。表現のヴェクトルをふたたび外へと向けつつ、抽象的な表現に普遍性を見ていた歌詞が一気に具体的になると同時にファンク・マナーのユーモアを増量。クラウト・ロックを彷彿とさせる淡々としたリズム・アプローチの“アサガオ記念日”からハード・ファンク・チューン“マッケンLO”まで、ファンクの援用解釈が曲のヴァリエーションを広げることに。その延長線上にあるのが2000年リリースの『FUNKASY』だ。冒頭に置かれたシングルの“コミュニケーション・ブレイクダンス”と“FUNKYウーロン茶”が指し示しているように、一曲一曲のキャッチーさが突き詰められ、スタックス・サウンドや70年代のアイズレー・ブラザーズほか、さまざまな音楽要素をファンクを介したファンタジーへと昇華した。

 いよいよ開かれていったバンドのメンタリティーは2001年の『grooblue』へと至る。東京の郊外に育った永積が生活風景から沁み出る悲しみをブルーな色彩へと変換し、バンドのグルーヴに練り込むことでメロウな側面が完全開花。バンドはフォーキーかつパーソナルな大名曲“さよならCOLOR”をモノにし、結果的にはこの曲が永積をハナレグミやohanaでの活動へと向かわせることになる。またそれに伴い、残りのメンバー4人も個人活動を活発化。特にギターの竹内朋康はRHYMESTERのMummy-Dとのユニット=マボロシ、キーボードの池田貴史は100sや自身のプロジェクトであるレキシなどで目立った活躍を見せているが、このように各々の音楽性の距離が広がるのを、2006年9月と2007年6月にふたたびSBDで集まったライヴによっても止めることができなかったのは非常に残念ではあるが、致し方なかったというべきか。ファンクを核とする彼らの音楽性は、エクレクティックな側面を押し広げ、日本では〈色モノのパーティ・ミュージック〉と思われがちなファンクの表層イメージを巧妙に避けながら、日常に引き寄せる過程でパーソナライズされていったのだから、今年6月のバンド解散発表は前向きな決断と見るべきだろう。新曲“あいのわ”を含む彼らのベストならぬ〈ベター・アルバム〉である『SUPER BETTER DOG』は、そうした彼らの足跡をプレイバックしながら、聴き手に問いを投げ掛ける。〈果たして、歌心とファンクネスは日本の風景のもとで同居しえるのか?〉と。