希代のエンターテイナーにして、ヒップホップの未来を担うラッパー、サイプレス上野の月刊連載! 日本語ラップへの深~い愛情を持つサイプレス上野と、この分野のオーソリティーとして知られるライター・東京ブロンクスの二人が、日本語ラップ名盤を肴にディープかつユルめのトークを繰り広げます。今回取り上げるのは、MICROPHONE PAGERの95年作『DON'T TURN OFF YOUR LIGHT』。

●今月の名盤:MICROPHONE PAGER『DON'T TURN OFF YOUR LIGHT』
MURO、TWIGYらを中心に、92年に結成されたユニットによる唯一のオリジナル・アルバム。RINO(RAMP EYE)、MAKI THE MAGIC(キエるマキュウ)、ストレッチ・アームストロング、A・プラス(ソウルズ・オブ・ミスチーフ)らが参加。なお、彼らはその後に活動を停止していたが、2008年7月に再結成することを発表した。(bounce.com編集部)
ブロンクス MICROPHONE PAGERで一番最初に聴いた音源は何?
上野 最初に聴いたのは……PAGERじゃないけどMUROさんの“Street Life”ですね。94年リリースの短冊型シングル。小西康陽プロデュースで資生堂〈uno〉のCMソング。当時は中学生で、身だしなみに興味を持ってた時期だからすごい気になって (笑)。
ブロンクス 中学生には〈uno〉は斬新だったよね。もみ上げの長い松岡俊介とかいしだ壱成とか小山田圭吾がCMに出てたし、俺らはヤンキー世代じゃないから「ポマードじゃなくてムースでしょ」みたいな(笑)。〈uno〉とサントリーの〈カクテルバー〉は、当時は何故かストリートの匂いがしたね。
上野 (爆笑)。そういう空気、ありましたねえ。当時、中瓶くらいのデカい〈カクテルバー〉を無理して飲んでたもんなあ……。
ブロンクス 夜の公園でよく友達と飲んでた(笑)。で、そういう時代に流れてた“Street Life”が引っかかって……。
上野 『DON'T TURN OFF YOUR LIGHT』に辿り着きました。 PAGERは活動歴が長いけど、オリジナルのアルバムはこれだけなんですよね。あとはこの後にベスト・アルバム(『MICROPHONE PAGER』)が出ただけで。
ブロンクス 俺はこのアルバムが最初だったな。これ以前だと、93年に出た『REAL TIME COMPACT』ってコンピのシリーズにPAGERの曲が入ってるんだよね。当時あったB.O.H(BATTLE OF HIPHOP)ってクルーで、YOU THE ROCK & DJ BENとかSKIPS(NAKED ARTZ)とかPOWER RICE CREW(SOUL SCREAM)が参加してるやつ。〈VOL.1〉と〈VOL.2〉の2枚あるんだけど、それをダビングしたテープがほぼ同時期に出回ってさ、「ヤベー、MICROPHONE PAGERの古い曲が入ってる!」って仲間内ですごい噂になって。
上野 PAGERは頭一つ抜けてるっていうか、圧倒的にかっこよかったですからね。
ブロンクス 本当に真打ち登場って感じだった。毎回言ってる気がするけど(笑)。
上野 音的にもラップ的にも最先端でしょう。進化しすぎてて真似できなかったっていうのはありますよね。とっつきにくいというか。
ブロンクス キングギドラは真似しやすい魅力があったけど、そういう意味でPAGERは間逆だよね。変なたとえだけど、RHYMESTERがスポーツ・ドリンクで、キングギドラがコーラだとしたら、PAGERは無糖のブラック・コーヒーみたいな。
上野 それ上手いっすね(笑)。苦さを楽しむみたいな。大人になった気がするという。
ブロンクス PAGER自体にしても、このアルバムにしても、なんというか正体不明なところがあったよね。この時点で解散に近い状態というか、ほとんど活動してなかったというのもあったし。
上野 そうっすね。リミックスとかも入ってるし、これはなんなんだろうっていう。この時点ではMASAOさんもギリギリでメンバーだったはずなんですけど、クレジットには入ってない。MUROさんとTWIGYさんの二人体制。『DON'T TURN OFF YOUR LIGHT』はまず、ジャケの裏に曲目が一切書いてないっていうのが渋いですよね。で、パカッと開けたら、ブックレットもぺラペラで。歌詞もないし、帯もついてない。なんて不親切なんだろうと思った(笑)。とにかく情報量が少ない。今日はグッズを持って来れなかったんですけど、そもそもPAGERはグッズがほとんどないんですよ。
ブロンクス 俺はこのジャケで使われてる東京の英語の地図が欲しくて、すごい探したけどなかったなあ。このジャケはタワー・オブ・パワーがネタで。
上野 イラストはTWIGYさんが描いてるんですよね。いやあ、これはイケてますよねえ。
ブロンクス PAGER直系のNITRO(MICROPHONE UNDERGROUND)も最初はそういう謎めいた感じだった。いま、こういうやり方だったら絶対伝わらないで終わっちゃうよね。でも俺たちはその雰囲気にやられて逆に付いて行った訳で。あと、あんまり評価されてないけど、ここで聴けるMASAOのラップは相当タイトだよね。
上野 そうですねえ。これに入ってる“RAPPERS ARE DANGER”のMASAOさんのヴァースとか、本当にかっこいい。真似しちゃいけないくらい。
ブロンクス これが出た当時は、シーン全体が急激に盛り上がって来た時期で、それをさらにコアな方向に軌道修正したのがPAGERだったよね。「ヒップホップはお笑いじゃねえ」っていう。スチャダラパーとかとの差別化をすごく図っていた。
上野 それを宣言したのが“改正開始”ですよね。“改正開始”は『REAL TIME COMPACT VOL.1』にも入ってるし、『Planet Rap』っていう世界発売された〈Tommy Boy〉のコンピにもリミックス・ヴァージョンが入ってる。
ブロンクス あと何と言ってもあの人たちはオシャレだったよね……。タイニー・パンクスとかもある意味そうだと思うんだけど、DJとかファッション方面からヒップホップにハマった人たちって要はディティール勝負なわけでしょう。ファッションや聴く音楽にしても、あっちのシーンとの差をいかにして埋めるかみたいな。いまは情報も多いし、そういうやつらはあふれてるけど、当時は新鮮だったと思うんだよね。KRUSH POSSEが優勝した〈アンダーグラウンドDJコンテスト〉にしても、出場してるみんながオリジナル過ぎてカオス状態だった時代に、「それはいくらなんでもちょっとやり過ぎだろ? 一度NYを基準にやってみろよ」っていうのを提示したのがあの人達だと思う。
上野 そういえばアルバム以前の曲は軽やかだったし、テンポも速かったですよね。
ブロンクス その辺は多分オリジナル・フレイヴァとかリーダーズ・ オブ・ザ・ニュー・スクールの影響じゃない? それが『DON'T TURN OFF YOUR LIGHT』では完全にD.I.T.C.仕様みたいな感じになった。ネタ勝負で、シリアスなNYスタイル。
上野 ストレッチ・アームストロングなんかの影響もあったんですかね。
ブロンクス ストレッチ・アームストロングの存在を紹介してくれたのは、まさに彼らだよね。
上野 このアルバムにもリミックスで参加してますからね。あと、ソウルズ・オブ・ミスチーフのA・プラスも。「なんで参加してるんだろう?」って感じだった。
ブロンクス それもすごいよねえ。西と東のプロデューサーを揃えて。でも、PAGERはすげえかっこよかったんだけどさ、時々、突拍子もない言葉が歌詞に出てきたよね。俺が一番好きな爆笑パンチラインは“一方通行”の〈尻々ペンペン 叩こう 叩こう〉ってとこ(笑)。あと、〈MUROはやるぞ~今年は絶対やるぞ~〉。
上野 〈目標かなう年~〉(笑)。いいっすよねえ。