NEWS & COLUMN ニュース/記事

第9回 ─ 色んな意味でメジャー級! ~イルマリアッチ『THA MASTA BLUSTA』

第9回 ─ 色んな意味でメジャー級! ~イルマリアッチ『THA MASTA BLUSTA』(3)

連載
サ イ プ レ ス 上 野 の LEGEND オブ 日 本 語 ラップ 伝 説
公開
2008/08/07   23:00
テキスト
文/東京ブロンクス

上野 『THA MASTA BLUSTA』はイケイケの内容なのかなって思ってたんですけど、実際はかなり渋いじゃないですか。だから最初は“For Da Bad Boys & Ladies”とかの方が好きでしたね。D.I.T.C.*3と同じネタを使ってたし。
*3 NYのヒップホップ・クルー。ロード・フィネス、ダイアモンドD、バックワイルド、ビッグL、OC、ファット・ジョー、ショウビズらが所属。

ブロンクス O.C.とビッグLの“Dangerous”ね。いま聴いてもこのアルバムを「ダサい」って思うやつはいないでしょ。もしいたらアナタにはヒップホップは向いてないです、としか言いようがない。

上野 そうっすね。やっぱり存在として、TOKONA-Xはアメリカのラッパーに近いですよね。若くして出てきたってのもそうだし。

ブロンクス この頃は細かったけど、最終的にはノリエガみたいな体格になってたし。

上野 何をやってあんなにデカくなったんだ?って感じでしたね。

ブロンクス もとはアメフトをやってたんじゃないかな。M.O.S.A.D.にはアメフトをテーマにした“SUPER BALL 2002”もあった。趣味の部分まで黒人っぽい。

上野 うーん、逸話に事欠かないな……。

ブロンクス 2001年に『Aiming Higher』でイルマリアッチは一度復活したよね。メインの“尾張ヒールズ”では「ビバリーヒルズ・コップ」の“Axel F”を使ってて、タイトルも掛けてるんだよね(笑)。この2枚目は、“Ms.アリハンダ(ちょっとまって~んMAD Teens)”とかエグい方向の表現の極北でしょ。でもM.O.S.A.D.ほどアメリカっぽくはない。やっぱり刃頭さんがいると和の匂いがしてくるからね。

上野 確かに、当時刃頭さんが雑誌なんかで紹介していた盤も、ほとんどサントラだったんですよね。

ブロンクス M.O.S.A.D.は音以上にラップとそのトピックで評価されてたけど、イルマリアッチは音とラップのどちらも評価されてたよね。刃頭さんの音のファンと、俺らみたいなTOKONA-Xファンと。どっちもすごいクオリティー。

上野 そういえば、名古屋のレコード屋でテープを買ってたなあ。FAX通販で(笑)。

ブロンクス 名古屋のシーンは、それぞれレコード屋を中心にした2大派閥があったらしい。でも対立の現場がレコ屋ってのが音楽オタク的だなあと思って。名古屋っていい意味でオタクっぽい。ギャングスタ・ラップやチカーノ・スタイルのシーンなんかもあるけど、例えば横浜のそういうシーンとはノリが全然違う。横浜はGファンクっていうか、わかりやすくてポップなのが人気だけど、名古屋で支持されてるものは、退廃しきって〈マーダー〉な感じっていうか。ファンク感がロングビーチじゃなくてオークランド辺りの感じに近いんだよね。……ちょっと違う話になっちゃうけど、オークランドで最初に出てきたトゥー・ショートなんかは、地元のピンプとかハスラーに「お前の歌を20ドルで作ってやるよ」っていう商売をやってて、そこから出発したらしいんだよね。その後、車のトランクにテープを入れて売ってたから〈トランク・ファンク〉ってジャンルになった。E-40とかも最初はトランクで売ってたらしいし、地域特有のインディペンデントなシーンがあるんだよね。ハイフィーのブームも車で広場とかに集まって、お互いをライトで照らしながらゴーストライドで車を超ゆっくり走らせて、MDMAを食って騒いで、音楽をかけて踊って遊んでるんでしょ? そういうオリジナリティーやノリの部分で、オークランドのシーンと名古屋のシーンは近い気がする。

上野 うわ~! その検証はやばいっすね……。いやー名古屋はすごいな。

ブロンクス なにより『THA MASTA BLUSTA』がもう10年以上前の作品ってのが信じられないね。

上野 そうですねえ。いままでこの連載で取り上げてきたのって、上の世代のレジェンドたちの作品だったけど、TOKONA-Xは1コ上とか2コ上ですからね。

ブロンクス それでいて、最初っからこれだけ完成度が高いっていう。でもイルマリアッチのスタイルを継承してる人って全然いないよね。『THA MASTA BLUSTA』の路線を突き詰めていったらどうなってたんだろうっていうのは考えちゃうね。このアルバムってどれくらいの知名度があるんだろ?

上野 『THA MASTA BLUSTA』は相当売れたんじゃないかなあ。少なくともドリームラップ周辺は全員持ってましたからね。いとうせいこう&タイニーパンクスの“東京ブロンクス”があって、この“NAGOYA QUEENS”だから「俺らはドリーム・ブルックリンだ」とか、そういうピュアな遊びをしてた(笑)。

ブロンクス わかる! 俺の名前はマジで“NAGOYA QUEENS”から来てるからね。一方的に憧れてるなかで、どうやったら気づいてもらえるだろうって考えた挙句、なぜか〈東京ブロンクス〉にしちゃった。どう考えても嫌ってるはずの名前に(笑)。

上野 (爆笑)。

ブロンクス でも最後まで気づいてもらえなかったな……残念ながら。

上野 いやあ、今回は愛にあふれる回だったなあ。

ブロンクス まあ、TOKONA-Xはヒップホップ界の勝新太郎として、これからも聴かれ続けていって欲しいね。

上野 なるほどねえ。確かに昭和っぽい豪快さのある人でしたよね。ワルいんだけど慕われてる、みたいな。

▼サイプレス上野の関連作品を紹介