希代のエンターテイナーにして、ヒップホップの未来を担うラッパー、サイプレス上野の月刊連載! 日本語ラップへの深~い愛情を持つサイプレス上野と、この分野のオーソリティーとして知られるライター・東京ブロンクスの二人が、日本語ラップ名盤を肴にディープかつユルめのトークを繰り広げます。今回取り上げるのは、イルマリアッチの97年作『THA MASTA BLUSTA』。

●今月の名盤:イルマリアッチ『THA MASTA BLUSTA』
DJ刃頭とTOKONA-Xによるユニット=イルマリアッチが97年に発表したファースト・アルバム。TWIGYらが参加。〈名古屋発〉を掲げ、東京一辺倒だった当時のジャパニーズ・ヒップホップ・シーンに大きな波紋を投げかけた。なお、TOKONA-Xは2004年に急逝した。(bounce.com編集部)
ブロンクス この連載も遂に昭和53年組に突入だね。
上野 そうっすね。ターニング・ポイントの世代というか。
ブロンクス 名古屋のシーンだけ見てもTOKONA-X、"E"qual、AKIRA、AK-69が53年生まれでしょ。全国区だと、般若、剣桃太郎、D.O.、漢、茂千代、HIDADDY、OZROSAURUSもそう。この豪華な面子は、まさに映画の「モブスターズ」ばりだよね。個人的には〈さんピン〉とかのブーム以上に熱くなった、思い入れの強い人達です。
上野 『THA MASTA BLUSTA』は、まさに〈さんピンCAMP〉以降の世代が放った一発目の盤ですよね。まあイルマリアッチは〈さんピン〉にも出てたんだけど。
ブロンクス イルマリアッチはこれ以前から追っかけてた?
上野 音韻王者(オーティ・ノージャー)*1から持ってました。アナログで。
*1 DJ刃頭を中心とする名古屋のヒップホップ・クルー。
ブロンクス さすがだね~。俺もそうだったけど当時のヘッズは、〈さんピン〉で初めて「あれが音韻王者か」って思ったはずだよ。「BMR」誌で刃頭さんが紹介したりしてたし。
上野 俺は「Fine」誌で見たんじゃないかなあ。「これはクるぞ」とか思って。『THA MASTA BLUSTA』の前に『ナゴヤクイーンズ』が先行で出てますよね。
ブロンクス その前に“荒療治/TOKONAIZM”のアナログが出てたでしょ。『ナゴヤクイーンズ』は、なんせジャケがかっこよかったよね。
上野 かっこよかったっすねえ! その頃、DEV LARGEさんの〈JACK THE RAPPER〉ってイヴェントにイルマリアッチがガンガン出ていて。「名古屋だがや!」って言った瞬間、ドッカンドッカン盛り上がったんですよ。〈さんピン〉に出たことで知れ渡ったんでしょうね。アナログを見せながら「東海、関西、めちゃめちゃ売れてます」なんて言ってて、みんな「それ欲しい~」ってなっちゃった。
ブロンクス 当時のTOKONA-Xって、まだ18歳くらいでしょ。
上野 そうですね。「なんてかっこいいんだ……」と。
ブロンクス M.O.S.A.D.の頃とは声もスタイルも違うけど、これはこれで最初から完成されてたもんね。何より声がいいし、みんなが押韻主義に走ってたときに、普通に口語体で言葉の選び方で魅せてた。バックボーンの豊かさを感じさせるというか。もちろん韻も踏んでるんだけどね。
上野 “博徒九十七”とかすごいっすよね。いま、こんなリリックが書ける人はいないんじゃないかなあ。
ブロンクス TOKONA-Xは東映のヤクザ映画とクールG・ラップがすごい好きなんだよね。クールG・ラップの“Poison”はTOKONA-Xのテーマ曲なんだよ。
上野 熱いなあ(笑)。TWIGYさんと一緒にやってるのも、なんか嬉しかったですね。
ブロンクス うん。イルマリアッチはトピックがすごい明確なんだよね。TWIGYくんとの“今昔物語”は〈名古屋の今と昔〉。昔はビートキックス*2かもしれないけど、今は俺だっていう声明だよね。
*2 DJ刃頭とTWIGYがかつて結成していたユニット。
上野 それがまた、すごい不穏なループの曲で(笑)。
ブロンクス “TOKONA 2000 GT”みたいな曲もある。これはご当地ラップの先駆けじゃない?
上野 あ~そうっすね! この後みんなが、こういう地元案内ソングを作り始めましたよね。
ブロンクス それで、“Younggunnz”みたいなポッセ・カットもあるし、“NAGOYA QUEENS”みたいなディスものもあるし、“ビートモクソモネェカラキキナ”でインストもやってるし、下ネタもあるし……すごいヴァリエーション。とどめにジャケも良い。
上野 信じられないくらいの完成度。これは本当に、最近ヒップホップを聴きだした人にもおすすめできますね。間違いなく、今のものと比べても遜色がない。