希代のエンターテイナーにして、ヒップホップの未来を担うラッパー、サイプレス上野の月刊連載! 日本語ラップへの深~い愛情を持つサイプレス上野と、この分野のオーソリティーとして知られるライター・東京ブロンクスの二人が、日本語ラップ名盤を肴にディープかつユルめのトークを繰り広げます。今回取り上げる作品は、バンド〈THE HELLO WORKS〉での活動も記憶に新しいスチャダラパーのアルバム『5th WHEEL 2 the COACH』。
●今月の名盤:スチャダラパー『5th WHEEL 2 the COACH』
BOSE、ANI、SHINCOの〈トリオ・ザ・キャップス〉、スチャダラパーが95年に発表した4枚目のフル・アルバム。B-BOY的サマー・クラシックとなった“サマージャム'95”ほか全12曲+ボーナス・トラックを収録。07年に〈Standard of 90'sシリーズ〉の一枚として紙ジャケで復刻発売された。(bounce.com編集部)
ブロンクス 『5th WHEEL 2 the COACH』は、“今夜はブギーバック”ヒット後初のフル・アルバムで、先行シングルとして“ドゥビドゥWhat?”が出てたよね。
上野 “ドゥビドゥWhat?”は、俺らは好きだけど、ちょっとドープ過ぎるんじゃないかって感じでしたよね。
ブロンクス あれは、“ブギーバック”からスチャダラに入ったようなB-BOY未満のキッズには不評だったよね。よく意味がわかんないっていう。
上野 確かにポップではなかった。こないだ宇多丸さんのラジオのゲストがスチャダラだったんだけど、本人たちも“ドゥビドゥWhat?”は何言ってるのかわかんないところが重要だった、とか言ってて(笑)。そのときは“ブギーバック”みたいなものを作る気がなかったって。
ブロンクス やっぱりそうなんだ。このアルバムはスチャダラの中でも一番B-BOY度数が高いアルバムだよね。
上野 高いっすね。急激にそうなっていった感じでしたね。
ブロンクス いま思うと、LB*1の盛り上がりとは別に、〈さんピン〉*2へと至るようなヒップホップ・ブームも意識してたんだろうね。
*1 LB NATION。スチャダラパーらを中心とするヒップホップ的コミュニティー。TOKYO NO.1 SOUL SET、かせきさいだぁ≡などが所属。
*2 さんピンCAMP。ECD主催で96年に行われたヒップホップ・イベント。当時のアンダーグラウンドな日本語ラップ・シーンを代表するアーティストが多数出演した。
上野 それは絶対あったでしょう。実際ドカーンと来ましたもんね。ジャケもポスターとかも超かっこよかった。
ブロンクス ポスターは俺も上ちょ(上野)も、二人とも実家の部屋に貼ってあるっていう(笑)。
上野 万人が好きになる曲って“サマージャム '95”くらいっすかね。
ブロンクス まあ“ノーベルやんちゃDE賞”とか“南極物語”とかポップに聴ける曲もあるけど、何よりあのビートがすごいよね。それまではビートでもふざけてるところがあったけど、これはラップでふざけててもビートはくそタイト、みたいな。
上野 そうっすね。そこがそれまでと違った。この前はゴンチチとかスカパラが参加したり、生の方向に流れたから、その反動なのかもしれないけど。
ブロンクス それを言い表してるのが中に書いてある「1にビート、2にベース、3、4がなくて5に余談」っていうコピー。格好良いこと言うなぁ!
上野 あとティンバのブーツがジャケットに写ってたり。そこもすごいB-BOY度数の高さを表してますよね。
ブロンクス クレイグ・マックにも通じる魚眼写真っていう。
魚眼ミラーで『5th~』のジャケっぽく撮影してみました
上野 (爆笑)。魚眼強めすよね!
ブロンクス 俺らも曲がり角のミラーがあると、このジャケみたいに写真撮ってたもん。魚眼のミラーを部屋に置いて「俺の部屋も魚眼で見るとかっけえ」って思ってた(笑)。
上野 それすげえわかる! 俺も魚眼好きですもん。いま思うとあのジャケに影響受けてんのか。プロモ・クリップ撮る時も、やたら魚眼がやりたくて。アー写も「魚眼で撮った方が良くない?」とか。
ブロンクス B-BOYの魚眼好きってあったよね(笑)。ファーサイドのジャケとか。そういやこの作品ってメジャー配給だよね?
上野 そうすね。東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)に移って一発目だった。これって確かめちゃくちゃ売れたんですよね。雷とか、ハードコアなヒップホップが好きなやつもみんな買ってたもんな。
ブロンクス このアルバム辺りで「パチロク」読者とかオリーブ少女みたいな、あまりヒップホップじゃないファンを振り切りにかかったのかな。
上野 B-BOYにぶつける! みたいな。
ブロンクス それをキャッチしちゃって俺は、スチャダラが行ってたってだけで桑沢(デザイン研究所)に行った男だから(笑)。
上野 (爆笑)。
ブロンクス 俺は被害者だからね。スチャダラがビデオで「〈ラップ部〉がある」って言ってたから入学したら、B-BOYすらひとりもいないっていう。
上野 素晴らしいなあ。
ブロンクス まあスチャダラが行ってた当時の桑沢だってそんな感じだったんだろうけどね。上ちょは〈大LBまつり〉*3行ったの?
*3 96年に行われたLB NATION総出演イベント。奇しくも〈さんピンCAMP〉の1週間後に同じ場所で開催された。
上野 行ってないんすよ……。それが心残りで。その頃はバロメーター的に〈さんピン〉に偏ってたんすよね。
ブロンクス それは仕様がないよね。
上野 俺はスチャダラがすげえ好きだし、渋公のライヴとかも行ってたのに、っていう。〈さんピン〉にBOSEさんが来てて「あ、BOSEだ」とか言ってたのに、翌週の〈大LBまつり〉は、月曜からテストだって理由で行かなかったのが情けなさ過ぎて。いまだに後悔してる。
ブロンクス 〈大LBまつり〉のチケットの方が高くなかった? 俺は、それが決め手だったような気がするんだよな。
上野 あーフライヤー持ってるんだけど、持ってこなかったなあ……。
ブロンクス あのフライヤーもかっこいいよね。フェイズ2(Phase2)を意識したスケシン(スケートシング)仕事。そういうオシャレなところは普通のB-BOYとかより全然早かったよね。