いまスペシャル・エディションがおもしろい──簡単に言えば、過去にリリースされた名作に焦点を当てて、デモや別テイク、あるいは当時のライヴや未発表曲などを大量に収録した発掘CDセットのこと。ユニバーサル系〈Deluxe Edition〉やソニー系〈Legacy Edition〉が先鞭を付けつつ、他社からも次々に登場し活況を見せている。一見マニア向けアイテムに思われがちだが、名盤誕生の裏に隠されたドラマが、オリジナル・アルバムをより魅力的なものにしていることは間違いない!! 今回はそんなスペシャル・エディションの世界に触れてみよう!!(北爪)
THE BEACH BOYS
『The Pet Sounds Sessions』Capitol(1966)
大袈裟でもなんでもなく音楽史上屈指の傑作であり、今後も永久に淡い光を放ち続けるであろう孤高の名盤。ブライアン・ウィルソンという一人の男の心に蓄積した希望や憧憬や諦念や喪失感を、無数の楽器群やコーラス・ハーモニーによって異様に美しい13のポップソングに完全昇華。時代性も現世感も超越した比類なき〈彼岸のポップス〉。
まずは目玉ともいうべき初のステレオ・ミックス版を収録。より奥行きと鮮明度が増した音像によって、違った〈ペット・サウンズ〉が楽しめる。続いて、さまざまな指示を出すブライアンの声や会話が随所に入った、制作過程を臨場感たっぷりに伝える無数のセッション。すべてのヴォーカル・トラックのみで構成したパート、さらにレアな別テイク集へと続く驚愕の3枚組に加え、ボーナス盤にオリジナル・モノ・ミックスも収めた究極のボックス・セット。単独の作品を徹底的に掘り下げてまとめたものとしては、先駆であり理想型でもある。(北爪)
THE VELVET UNDERGROUND & NICO
『The Velvet Underground & Nico(Deluxe Edition)』Verve/ユニバーサル(1967)
67年のNY──アンディ・ウォーホルの秘蔵っ子であったヴェルヴェット・アンダーグラウンドが日夜繰り広げていた狂気とアートのニヒルな饗宴に、ドイツ人モデル、ニコが加わって制作されたのがデビュー・アルバムである今作だ。現在にも脈々と受け継がれるNYアンダーグラウンド・ロック・シーンの源流にして、あらゆる前衛ロックの先駆けでもある。
この〈デラックス・エディション〉にはオリジナルからの11曲(ステレオ)に加え、そのモノラル・ヴァージョン、シングル・ヴァージョンが4曲、ニコのソロ作品『Chelsea Girl』から5曲、未発表のリハーサル音源1曲の合計32曲が収められている。なかでも衝撃的だったのがDisc-2に収録されるモノラル音源で、スピーカーから流れてくる音圧、というよりも音像が尋常ではなく、ファーストと呼ぶにふさわしいネイキッドなものとなっている。また、珍しい写真がふんだんに使用されたスリーヴは、当時の彼らを知るうえでもたいへん貴重な資料となる。(冨田)
JAMES BROWN
『Live At The Apollo Volume II(Deluxe Edition)』 Polydor/ユニバーサル(1968)
数多いJBのライヴ・アルバムのなかでも特に充実した内容を誇るのが、LP2枚組で発表されたNYアポロ・シアターでのライヴ実況盤の第2弾。67年6月のショウの一部をパッケージしたもので(リリースは68年)、“Cold Sweat”などのファンキー曲から“Try Me”のようなバラードまでをたっぷり楽しませる。マーヴァ・ホイットニーと歌った“Think”も収録。
オリジナルLPは2枚組とはいえ、当然ステージの模様が完全に再現されていたわけではなく、曲順が変えられ、オミットされた曲も多い。そこで〈デラックス版〉では曲順もほぼ実際のステージ(67年6月24~25日)どおりに戻し、未発表だった約30分のオミット音源をプラスして、当時の熱気をそのまま伝えた。ボビー・バードが熱唱する“Sweet Soul Music”やJBバンドが演奏した名スタンダード“Caravan”といった余興的な演目も完全収録されているとあって、実際のライヴを観ている(聴いている)感覚は強い。〈デラックス版〉ならではの復刻作業だ。(林)
THE KINKS
『Village Green Preservation Society(3CD Special Deluxe Edition)』 Sanctuary/BMGファンハウス(1968)
〈英国を代表する〉という言葉がもっとも似合うキンクスによる68年の名作。ディラン・トマスの詩集に影響を受けて制作されたという、イギリスの田園風景をテーマにしたコンセプト・アルバムが持つ牧歌的なサウンドは、ギター・ポップの原型と受け留めることもできる。噛めば噛むほど滲み出る若草のごとき甘さ。本作をキンクスの最高傑作と呼ぶマニアは多い。
ボーナス・トラックを含むアルバムのステレオ/モノラル両ヴァージョン、レア・トラック集の3枚で構成されるバンド結成40周年〈デラックス版〉。当然キモは未発表&初CD化がおびただしいほどに詰まったDisc-3! 正規盤では聴くことができない未発表曲や〈BBCセッションズ〉音源などを網羅した今作は、ミックスやヴァージョン違いという点においても貴重であるけど、とにかく当時絶頂にあったレイ・デイヴィスの作曲レヴェルが尋常じゃない。このとき、確かに彼はレノン/マッカートニーやブライアン・ウィルソンと肩を並べていた。(加賀)
THE ALLMAN BROTHERS BAND
『At Fillmore East(2CD Deluxe Edition)』 Mercury/ユニバーサル(1971)
ヒゲ/長髪/ベルボトム! リラックスしたなかにも濃厚な男の香りを放ちまくるジャケそのままの、ジャム/サザン・ロック史上最強のライヴ・アルバム。ツイン・リード・ギター&ツイン・ドラムのブッとい編成から繰り出される、豪快を通り越して爽快の境地に達した超絶グルーヴ。そして天才デュアン・オールマンの宙を駆けるスライド・ギター。男汁全開。
オリジナル・アルバムの7曲に加え、ボックス・セットやデュアン・オールマンのアンソロジーでしか聴くことのできなかった曲など(もちろんすべて71年のフィルモア・イーストでの公演)を収録時間目一杯に詰め込んだ、男の度量を見せつける豪華盤。 33分強というあまりの長さゆえか、次作『Eat A Peach』に繰り越し収録された世界三大ジャム・ナンバーの一つ(なんて言われたこともあった)“Mountain Jam”も、ようやく本来あるべき場所にスッポリ収まって感無量。若いジャム・バンド・ファンはここから宝の山に踏み込んでみては?(北爪)
MARVIN GAYE
『What's Going On(Deluxe Edition)』 Motown/ユニバーサル(1971)
モータウンからセルフ・プロデュース権を獲得して作り上げた、71年発表のソウル史上屈指の名作。弟のヴェトナム戦争体験談に触発された表題曲を筆頭に、環境破壊や貧困など当時のアメリカ社会の現状を鋭く見つめたメッセージ・ソングが並び、いわゆるニュー・ソウルの代表作としても知られる。組曲的な展開の仕方も含め、恐ろしいほど高揚感に満ちた一枚。
この〈デラックス版〉でとにかく驚かされたのは、LAで制作されたオリジナル版以外に、〈Original Detroit Mix〉という録音地デトロイトでの別ミックス版が存在していたという事実だった。スムースなオリジナル版に比べ、別ミックス版では楽器の音色や声のざわめきがより前面に押し出され、演奏を担当したファンク・ブラザーズの面々の存在も浮き彫りに。映画「永遠のモータウン」観劇後なら感慨もひとしおだろう。表題曲の未公開インストなども聴けて、楽曲の制作過程に踏み込めるのも楽しい。72年5月のワシントンDCでのライヴも初収録された。(林)
THE WHO
『Who's Next(Deluxe Edition)』 MCA/ユニバーサル(1971)
ザ・フーが残したスタジオ作品のなかでの最高傑作である。もっとも実験精神に溢れた内容で、当時の最新テクノロジーだったシンセサイザーを大胆に導入した革新的な名曲で構成されている。しかし本来は『Tommy』に続くロック・オペラ作品になるはずだった未完の大作『Lifehouse』用に作られた曲たちであり、その完成は現在もファンの夢となっている。
ロック史最大の未完成作品『Lifehouse』の全貌、とまではいかないが、輪郭やコンセプト、楽曲に込められたメッセージなどを理解し、楽しむことができるのがこの〈デラックス・エディション〉である。アルバム収録曲のオリジナル・テイクをはじめ、数々の興味深い未発表音源が満載! 特にロンドンのヤングヴィック劇場で行われた連続ライヴの音源は圧巻で、オーディエンスとのスピリチュアルな一体感と緊張感は、ザ・フーのハードな演奏と相まってまさに壮絶の一言。今作を聴いて、幻の大作に想いを馳せるのもまた一興ではないだろうか?(冨田)
BOB MARLEY & THE WAILERS
『Catch A Fire(Deluxe Edition)』 Tuff Gong/Island(1973)
ジャマイカの風雲児、ボブ・マーリーを世に知らしめたメジャー・デビュー作であり、同時にレゲエという音楽スタイルを世界中に認知させることにもなった歴史的名盤。ボブ、ピーター・トッシュ、バニー・ウェイラーの3人ヴォーカル&バレット兄弟のリズム隊という、ウェイラーズ史上最強の編成による強靱な楽曲が聴く者の心に熱い炎を灯す。
従来の『Catch A Fire』は、英国人プロデューサー、クリス・ブラックウェルの手によって〈世界のマーケット〉向けにギターやキーボードなどを過剰にオーヴァーダビングさせたものだったが、このDisc-2には無装飾の未発表オリジナル・ヴァージョンが丸ごと収録されている。しかもこれが凄い! 剥き出しのルーディーな感覚とジャマイカの土着性が濃密にトグロを巻いた音塊は真に衝撃的。〈世界進出するには粗野すぎる〉と、クリスが判断したのもわからなくはないが、いま聴くとコチラのほうが圧倒的に〈ロック〉を感じさせてくれる! 必聴!!(北爪)
MARVIN GAYE
『Let's Get It On(Deluxe Edition)』 Motown/ユニバーサル(1973)
社会派な前作『What's Going On』とはうって変わって、カラッとした表情で性愛の悦びを説いた73年のアルバム。マーヴィン本人とエド・タウンゼントのプロデュースで、デトロイトで作ったベーシック・トラックをもとにLAの腕利きミュージシャンを起用して録音された。表題曲や“Distant Lover”などの名曲を収めた、マーヴィン入魂の〈性典〉である。
全37曲中、実に27曲が未発表音源という恐るべき〈デラックス版〉。2枚のCDは大きく4パートに分けられ、当時の彼の、いい意味での試行錯誤ぶりを伝える内容となっている。細かい部分でいろいろ違う本編収録曲のデモや別ミックスなども話題だが、凄いのはさまざまなミュージシャンとの共同作業から生まれていた幻の楽曲たち。デヴィッド・ヴァン・デピットと作っていたハービー・ハンコック参加のセッション曲や、フレディ・ペレン&フォンス・ミゼル、ウィリー・ハッチらが制作した激グルーヴィーな楽曲の完成度の高さは並じゃない。(林)
THE AVERAGE WHITE BAND
『AWB』 Columbia UK(1974)
グループ名こそ〈平均的白人バンド〉という自嘲(謙遜?)を含んだネーミングながら、黒人のようにソウルフルでファンキーな音を叩き出すスコットランド出身のファンク・バンド。これはアトランティック移籍第1弾アルバム(通算2作目)で、“Pick Up The Pieces”や“Work To Do”といった人気曲を含む。通称〈White Album〉とも呼ばれている。
英コロムビア発の〈White Album〉特別盤(2枚組)。1枚はオリジナル作品のリマスターだが、もう1枚が未発表音源集となっている。アトランティック移籍前に英MCAでデモ録音した楽曲がそれで、これらは俗に〈The Clover Sessions〉として知られていた。全10曲中8曲は〈White Album〉制作時に再録音されたが、メンバーのアラン・ゴーリーいわく、未発表だったデモ版がLAの開放的なムードをイメージしていたのに対し、アリフ・マーディンが手掛けた〈White Album〉収録曲ではNYのエッジ感が出たという。これは聴き比べる価値あり。(林)
THE CLASH
『London Calling(Legacy Edition)』 Epic/ソニー(1979)
70'sパンクの代名詞=クラッシュのサード・アルバムにして、ジャケットの素晴らしさ、アルバムの完成度、どれを取っても誰がなんと言おうと間違いなく彼らの最高傑作。さまざまな音楽を採り入れパンクから逸脱したサウンドではあるが、溢れ出る血潮と魂はパンクそのもの。彼らがただの遺物にならなかったのは、この作品があったからこそ。
そして、まさに歴史的発見といえるのが、こちらのDisc-2に収録された未発表デモ音源である。これはミック・ジョーンズ宅の倉庫から発見されたもので、アルバム『London Calling』が生まれようとしている当時の空気やバンドの雰囲気を生々しいサウンドで楽しめる、たいへん貴重な超一級の歴史資料である。Disc-3の45分にも渡る映像を収めたDVDには、各メンバーのインタヴューや未発表のライヴ映像、さらには物を投げ暴れるメンバーやジョー・ストラマーを叱りつけるプロデューサーのガイ・スティーヴンスなど、笑劇的衝撃映像も満載!(冨田)