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インタビュー

新宿の街を吹きすさぶ寒風に抱かれ、路上から這い上がってきた最強のMC、漢。その不穏なざわめきから、圧倒的な迫力から眼を背けることができるだろうか?


 新宿のありのままの姿、現実を生々しく中継するストリートの代弁者、漢。彼が、ソロ・アルバム『導~みちしるべ~』を自分たちのレーベル=Libraからリリースした。「MSCとしてではなく、ソロで出せる自分の色、ヒップホップ観をどれだけリスナーに理解/共感してもらえるかを重視した」という今作の世界に足を踏み入れると、どんな地図にも載ってない〈新宿アンダーグラウンド・マップ〉が目の前にブワッと広がる。と同時に、ドブ臭くドロドロした新宿の裏社会が脳内でヴィジュアライズされる。そこから生まれる窒息感、緊張感はなんともリアルだ。そしてそのリアリティーこそが、ドラマティックかつファンタスティックなものとしてリスナーの心に突き刺さる。それがMSC/漢の強みであり、多くのリスナーを惹きつける理由なのだ。

「人気があるっていう実感はないけど、オレのリリックとかスタイルに共感してくれるのは嬉しいね。まあ、どうせなら影響力のある人間になりたいし、もしオレを目標としてくれるんだったら、その期待に応えられるような人間にもなりたい。まだまだスキルが足りないけど」。

 また、漢は〈BBOY PARK〉のMCバトルで優勝経験もある屈指のフリースタイラーでもある。そんなアドリブの天才はリリックをどのように書き上げるのか?

「オレは考え込むね。言葉には苦戦する。書けない時はどうしても書けない。いい表現が自分の言葉として出てこない時は、2日間とか机に張りついて考えるから。即興のノリで作ると満足できないんだ。妥協したくないしね」。

 話を『導~みちしるべ~』へと移そう。パッと見で気になるのは、賛否両論を巻き起こしそうなジャケットである。漢とナズ、確かにリリシストという共通項はあるが。

「コレは当初の予定とまったく違うものなんだ。オレはヒップホップのサンプリング文化自体あまり好きじゃないから。でもまあ、このハマり具合は気に入ってるよ(笑)。それに大切なのは中身で、聴けばわかるけど中身をマネしたわけじゃない。最初から自分の意識に(ナズの『Illmatic』は)なかったから。ちなみにこの写真はいまから10年くらい前で、ちょうどラップを始めた頃。なんかエモノを狙う目だよね(笑)」。

 さて、今作において触れるべき大きなトピックがある。それは因縁があったDABOへのディス・ソング“Take candy from a baby”の存在だ。ここまでエグいライムを並べてしまうのも凄い。

「ただ相手の矛盾点を突いたんだよ。陰でコソコソ言うんじゃなく公言した。彼はまさに〈みちしるべ〉に立つべき、後進の手本になんなきゃいけないヤツなんだから。言いたいことはこの曲のなかですべて言い切ったけど。そもそもオレがムダに噛みついて始まったビーフだし、ディスった曲数もコレで同じになったから、よっぽど腹が立ったんならまたカマしてこいよって感じだね。うん、ビーフってスタイルのガチンコ勝負だしエンターテイメントにはなり得ないだろうけど、周りが楽しめるショウにはなるのかな。オレらのビーフだって日本のヒップホップ・シーンで起きた〈おもしろみのビーフ〉でしかないから」。

 彼は「小さい頃から見なくてもいいモノをいろいろ見てきたから、世の中を見る目が冷めてるんだ」とか「10年後はLibraをデカくして成功してるか、ホームレスになってるか。サヴァイヴァルだよ」などと言う。その冷めた見方は着実な展望を生み、そして自身の才に溺れることから誘発される失策/失敗を遠ざけるものだろう。それに時流やメジャーに迎合しない、長いものに巻かれない「頭を使って最低限の行動でやる。インディーで粘り強く」というスタンスは、開拓者たるスピリットを放っている。彼は無闇にアクションを起こさない。仲間を大切にし、裏切らない。そんな漢を始めとするLibraが地中に巡らせた根は、新宿から確実に日本中に広がっている。とにかく、この『導~みちしるべ~』を聴いて思うのは、もう傍観者ではいられない、ということだ。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2005年03月03日 12:00

更新: 2005年03月03日 19:18

ソース: 『bounce』 262号(2005/2/25)

文/河野 貴仁