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追悼 ペーター・シュライヤー(1935年7月29日 - 2019年12月25日)

カテゴリ : Classical

掲載: 2019年12月30日 00:00

ペーター・シュライヤー

20世紀を代表するリリック・テノールとして知られたドイツの歌手・指揮者のペーター・シュライヤー氏が12月25日、ドレスデンで亡くなりました。84歳でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。

シュライヤー氏は2000年に、舞台で恋する若者を演じるには年を取り過ぎたという理由で65歳でオペラから引退しましたが、5年間は歌手活動を続けました。その後は健康状態が悪化するまで、教育活動と指揮に専念しました。

シュライヤー氏はドイツ、ザクセン州ドレスデン地方、陶磁器で有名なマイセンの出身。音楽教師で教会のオルガニスト、カントル(合唱長)だった父から音楽の手ほどきを受け、10歳のときにドレスデン十字架合唱団に入団。カントルのルドルフ・マウエルスベルガーの教えを受け、ボーイ・アルトのソリストとして活躍しました。変声期を迎えた16歳のときにテノールへ転向。ドレスデン高等音楽院で声楽と指揮を学んだ後、ドレスデン国立歌劇場の養成所でオペラ歌手としての教育を受けました。1959年(24歳)で《フィデリオ》の第1の囚人役でデビュー、その年のうちに《後宮からの逃走》のベルモンテ役、《魔笛》のタミーノ役を歌い、成功を収めました。1962年(27歳)にはベルリン国立歌劇場に客演し、翌年にはそのメンバーとなるなど、旧東ドイツ国内で急速に声望を高めてゆきました。

シュライヤーの評判には西側にも伝わり、1966年にはワーグナーの殿堂、バイロイト音楽祭、及び名門ウィーン国立歌劇場にデビュー、翌年にはザルツブルク音楽祭にデビューし、オペラだけでなくリサイタルに、コンサートに国際的に活躍しました。同時に数多くのレコード録音を行い、モーツァルトやワーグナーのオペラ全曲盤やドイツ歌曲、宗教作品の名盤により、彼の名は世界に轟きました。

日本には1974年にシューベルトの歌曲リサイタルで初来日。1977年にはベルリン国立歌劇場来日公演に同行し《ドン・ジョヴァンニ》と《魔笛》に出演しました。最後の来日は歌手引退の年の2005年でした。

一方、指揮者としては1970年にデビュー。1975年からはバッハの世俗カンタータをテノール独唱と指揮を兼ねて録音し、指揮者としての名声も確立。1982年にはシュターツカペレ・ドレスデンを指揮に専念する形でモーツァルトのレクイエムをフィリップス・レーベルに録音。これは同曲最高の名盤の一つとして知られています。

ここでは参考映像や音源を交えながら、現在手に入るシュライヤーの(1)ドイツ歌曲、(2)オペラ、(3)宗教曲、(4)指揮、(5)歌手活動全般を捉えた記念盤、のディスクをご紹介いたします。
(タワーレコード 商品本部 板倉重雄)

(1)ドイツ歌曲


【参考映像】シュライヤーが歌うシューベルト:セレナーデ
ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

 

 

(2)オペラ


【参考音源】シュライヤーが歌うモーツァルト:魔笛~なんと美しい絵姿
スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン

 

 

(3)宗教曲


【参考映像】ペーター・シュライヤーが歌うバッハ:クリスマス・オラトリオ
アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス

 

 

(4)指揮


【参考映像】ペーター・シュライヤーが指揮するバッハ:クリスマス・オラトリオ
ミュンヘン・バッハ合唱団

 

(5)歌手活動全般を捉えた記念盤、その他