エディト・パイネマン(1937-2023)追悼企画。
高度な技術と味わいの叙情美。
本人公認の正規ライヴ録音をSACDシングルレイヤー1枚に収納(総収録時間:125分)。
WDR(西部ドイツ放送)原盤をAltusの斎藤氏により最新マスタリング。
タワーレコード限定、完全限定数量で初SACD化!
流麗なテクニックと繊細な音色を駆使して旋律を陰影深く描き出す名手にして、類稀な美貌の持ち主。1960年代から80年代にヨーロッパやアメリカ、そして南アフリカで華やかに活躍し、高い評価を獲得しながら、録音が極めて少ないことで知る人ぞ知る存在となっていたドイツの女性ヴァイオリニスト、エディト・パイネマン(1937~2023)。その空白を埋める極めて貴重な放送録音集が世界初SACD化されます。
コンサートマスターの娘としてマインツで生まれたパイネマンは、父親にヴァイオリンの手ほどきをうけたあと、ハインツ・シュタンスケに師事して腕を磨き、17歳のとき楽譜出版社の創業者ギュンター・ヘンレが後援者となり、ロンドンに留学してカール・フレッシュの高弟マックス・ロスタルに師事しました。1956年、19歳で難関として知られるミュンヘン国際音楽コンクールで優勝。第2次世界大戦で疲弊したドイツ・ヴァイオリン界の希望の星としての活躍が始まります。1960~70年代はハイフェッツに象徴される「冷ややかな」演奏スタイルが流行していましたが、フレッシュの合理的奏法に加え、ドイツ本流の情緒豊かな音楽性を備えていた彼女は、セル、ルドルフ、スタインバーグといったアメリカへの亡命を余儀なくされた指揮者たち、そしてドイツではカイルベルトやヴァントにその芸術を愛され、共演を重ねました。
彼女はセルの助言によりレコード会社との契約を保留したため、結果として契約の時機を逸してしまいましたが、その代わりフリーの彼女にはドイツ各地の放送局から放送用の録音を依頼が集まりました(この辺りの事情は、ヨハンナ・マルツィのケースと似ています)。そして、パイネマンは2017年以降、自ら監修して放送録音のCD化をすすめました。その第1弾が、今回初SACD化されるWDR(西部ドイツ放送)へ録音した4曲のヴァイオリン協奏曲でした。
前半2曲はモノラル録音。1曲目は1964年にセルと共演したベートーヴェン、2曲目は1960年、彼女がまだ23歳のときにカイルベルトと共演したメンデルスゾーンです。共に商業録音が無く、彼女が1972年にミュンヘン・フィルと初来日したときの演奏曲目がこの2曲だったこともあり、極めて貴重な録音と言えます。ベートーヴェンの第1楽章の長丁場、彼女の演奏は次第に熱を帯び、カデンツァ(クライスラー作)に至る直前で最高潮に達します。これに呼応するようにセルがオーケストラを燃え上がらせてカデンツァを導く場面は、最高の聴きどころです。旋律線の美しさと暖かい人間感情が両立した第2楽章、力強く弾力的なリズムが曲想を生命力豊かに盛り上げる第3楽章も絶品です。一方のメンデルスゾーンは、カイルベルトの重厚で凝縮した響きに真正面から対峙した熱演です。曲想に応じた緩急や強弱、音色の明暗の変化も多用されますが、カイルベルトともども、すっきりとした音楽の流れを失わないところが素晴らしいと思います。
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タワーレコード(2023/08/17)
後半2曲はステレオ録音。3曲目は1967年にカイルベルトと共演したシベリウス、4曲目は1975年にヴァントと共演したプロコフィエフの第1番です。ともに彼女の商業録音が無い貴重な録音です。シベリウスでは、まずカイルベルトによる雄大な指揮がまず見事。こうしたオーケストラに包まれ、パイネマンは安定したテクニックと多彩な音色を駆使して、パッションを込めてヴァイオリンを鳴り響かせ、聴き応え十分の演奏を繰り広げています。注目は第3楽章のテンポ。ハイフェッツが快速で演奏した6分台の録音は後世に大きな影響を与えましたが、パイネマンは「マ・ノン・トロッポ」(だがあまり速過ぎないように)の指示を重視して8分超(8分超の演奏は少なく現役盤ではヌヴー盤くらい)。彼女が時代を席巻した「ハイフェッツ・シンドローム」に流されなかったことを証明する録音となっています。
プロコフィエフは後の巨匠ヴァントと共演したもの。パイネマンはヴァントが共演する度にプロコフィエフの第1番を希望してくるのに戸惑ったと述懐していますが、記録を見てもそれは裏付けられます。1963年、北ドイツ放送響での初共演はプロコフィエフ、19年後の1982年9月、同響の首席指揮者就任披露演奏会でも彼女と同曲を演奏。Profilから1983年1月にヴァント指揮バイエルン放送響と共演した同曲がCD化されていますが、演奏は問題なくこのケルン盤が優れています。それはヴァントの指揮がバイエルン盤よりも落ち着きがあるからで、例えば第1楽章、ケルン盤はバイエルン盤より30秒多く時間をかけ、この作品の抒情美や色彩感をゆったりと花開かせています。パイネマンのヴァイオリンは、作曲者がsognando(夢見るように)と記した第1主題から、美しい音色と、ヴィブラートを繊細に使い分けが際立っています。narrante(朗読風に)の第2主題での念を押すような弾き方も、第1主題とのコントラストが良くつき、その後の曲想の高揚も凄まじい迫力で描いています。第2楽章スケルツォでの曲想変転の鮮やかさや狂騒の表情もスリル満点。終楽章での力強い感情表現には一切ケレン味が見られず、迫真の訴えかけが聴く者の胸を打ちます。
今回、元々は市販でCDやLPでリリースされていた音源を今回のSACD化のためにあらためて最新でマスタリングが行われました。SACDにあたり、よりパイネマンが目指した表現や音色が高解像度により、一層際立ちます。また、SACDフォーマットの特性を活かし、4曲約125分をSACDシングルレイヤーとして1枚で収録しました。途切れなく4曲を堪能することができます。尚、解説書にはLP発売時の掲載された序文解説と、パイネマン自身が共演の各指揮者を語った英訳の文章も再掲しました。パイネマンを読み解く貴重な資料のひとつとしても活用ください。
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タワーレコード(2023/08/17)