ブリテン自演の歴史的初録音から半世紀
ボストリッジ+キーンリーサイド、英国が誇る超強力2枚看板
ノセダ&ロンドン響による「戦争レクィエム」
首席指揮者ゲルギエフの弟子、ジャナンドレア・ノセダがLSO Liveに初登場。ブリテンの戦争レクィエムは、2011年10月にノセダがLSOを指揮して本拠バービカンでおこなったコンサートの模様をライヴ収録したものです。
■戦争レクィエム
聖ミカエル教会のコヴェントリー大聖堂の祝賀献堂式のために委嘱された「戦争レクィエム」は、オペラ「ピーター・グライムズ」と並ぶブリテンの代表作。1940年のドイツ空軍による大爆撃で廃墟と化した同教会が22年ぶりに再建される経緯にも突き動かされたブリテンは、1960年後半から1961年12月にかけて、他の作品の作曲を中断してまで取り組み、かねて自らの最大の関心事であった反戦の決意と平和への祈願というテーマを込めるべく、この作品に持てる力のすべてを注ぎ込んだといわれています。6つの楽章は、ラテン語による通常のミサ典礼文の合間に、第一次世界大戦で夭折した戦争詩人ウィルフレッド・オーエンによる英文の詩を挿入する形が採られています。さらに、3管編成のオーケストラと室内アンサンブル、ソプラノ独唱、テノール独唱、バリトン独唱、混声合唱、少年合唱、ピアノ、オルガンまで動員する巨大な編成もまたモニュメンタルな内容にふさわしい特徴となっています。
■LSOを率いた作曲者自演による世界初録音
1962年5月の「戦争レクィエム」世界初演を自ら指揮したブリテンは、翌1963年1月にはLSOを指揮して世界初のセッション録音を果たしています。世界初演時のキャストふたり、ピアーズとフィッシャー=ディースカウに、当初出演が予定されていたヴィシネフスカヤをソリストに擁したこの録音は、随所に作曲者の強い表現意欲が漲り亘ることからもその説得力は絶大で、1963年度第1回レコード・アカデミー大賞にも輝いているなど、初演直後いきなりとんでもない高みにそびえ立つ内容として、圧倒的存在感を示してきました。さらに、LSOはまた「戦争レクィエム」を1991年にヒコックスの指揮でセッション録音しており、こちらはソプラノに世界初演時のヘザー・ハーパーを迎えたことも功を奏してか、英国Gramophone Awardを受賞しています。
キングインターナショナル
発売・販売元 提供資料(2012/02/10)
■ジャナンドレア・ノセダ
ブリテンによる「戦争レクィエム」世界初録音の翌年、1964年ミラノに生まれたジャナンドレア・ノセダは、指揮をチョン・ミュンフン、ゲルギエフに師事した経歴の持ち主。1994年に、ノセダはカタロニアのカダケス・オーケストラ国際指揮コンクールで第1位を獲得、同年同楽団の首席指揮者に就任して、1997年にはマリインスキー劇場の外国人初の首席客演指揮者に就任しています。ノセダはまた、ゲルギエフの首席指揮者時代(1995-2008)の1999年から2003年にかけて、ロッテルダム・フィルの首席客演指揮者も務めており、2002年よりBBCフィルの首席指揮者、2007年からトリノ王立歌劇場首席指揮者のポストにあります。2002年にはMETにデビューを果たすなど、こうした経歴からもノセダはコンサート、オペラ双方での活躍目覚ましい姿が師ゲルギエフと重なります。
■ノセダによる注目演奏
ノセダがLSOを率いて、ブリテンの世界初演より半世紀後の2012年に世に問う「戦争レクィエム」。すでにLSOとは、ゲルギエフの首席指揮者就任を機に頻繁に客演を重ねている間柄であることもそうですが、ここでノセダはLSOによる過去2度のレコーディングにも参加したロンドン・シンフォニー・コーラスを起用。ソリストには、2011年6月にもビシュコフ指揮で同曲を歌ったばかりのスロベニア期待のツビラク、そして、もっともブリテンがこだわり抜いたオーエンの戦争詩のパートを受け持つテノールとバリトンに、英国が誇る当代きってのボストリッジとキーンリーサイドを配したきわめて強力な布陣で臨んでいることにも注目されます。また、ノセダは、2011年5月のスペイン3か所でおこなったトリノ王立劇場管とのヴェルディの「レクィエム」、同じくパリ公演での「聖歌四篇」、さらに9月のトリノとリミニでトリノ王立歌劇場管、RAI国立響の合同オケを指揮したマーラーの「第8交響曲」と、立て続けに声楽付きの大作を手掛けて成功を収めていることから、この良い流れを受けての内容ということで期待もおおきくふくらみます。
キングインターナショナル
発売・販売元 提供資料(2012/02/10)