庵原良司氏のクラリネット「ムーンライトセレナーデ」を聞いたが、素晴らしい演奏だった。楽器が人間の声のように、音色を変化し歌をうたう。バックは若手気鋭の弦楽の皆さんだったが、創り出すクラリネットのテーマがその一人一人に光をあて、個々の奏者の個性が一緒に輝いて歌うような時間と空間、懐の深さ、聞いていて実に感動的な一時だった。この曲は、もう一世紀近く世界中のダンスホールで演奏されて踊る、人間の深い感性をとらえた名曲で、このような演奏を聴けるとは想わなかった。晩年のブラームスはミュールフェルトのクラリネットに惹かれ有名な五重奏曲を創った。初演前に、20世紀最大の哲学者の生家、ウィーンのヴィトゲンシュタイン家の友人としてブラームスが招かれ、ヨーゼフ・ヨアヒム弦楽四重奏団により私的に演奏された事が浮かんだ。庵原良司氏は高度の音楽性と希有の才能だと想う、彼の率いるバンドが益々活躍することを強く期待したい。