メンバーズレビュー一覧

まー65さんが書いたメンバーズレビュー

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自分たちの曲を自分たちで演奏する、つまりバンドとして自分たちのやりたいこと、つまり自分たちって何?、を探っていけば、そりゃ喧嘩にもなるわな。「わたし」と「あなた」はそもそも違うのだから。
他人の作った売れ線のトラックの上に、他人のディレクションによるヴォーカルやらギターやらをのせるだけの、分業制という名の操り人形をやってれば喧嘩にはならない。とりあえずこんなのになりました的な、ある意味自分の外に楽曲を置いた「お仕事」だから。

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ぶ厚いハーモニーや大袈裟なダイナミクス、大編成や長大な演奏時間、等々、いわば「量」に依存した大曲礼賛的な〈中央〉の熱狂を、〈周縁〉から俯瞰するかのような「質」的な展開を求めた作曲者の姿勢が見渡せるのは、全集物ならではの楽しみ。凝縮された手数で大きな効果を得るための、オーケストラ各パートの機能の再確認に基づく緻密、硬質、静謐な構成が、多様に模索されている。
フレーズの豊かさにも焦点をあててくれるここでのバルビローリ/ハレの演奏が、感情に流されない説得力を持つのは、この構成の確からしさによるものだろう。
横軸にドビュッシーやラヴェル、サティと、縦軸の先にシェーンベルクへとつながると聴くのは、さすがに妄想が過ぎるか。

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WWⅡ敗戦から7年、まずは自身のよって立つところを確認しようという時代背景もあったのかもしれない、「己の解釈で作曲者の意図を表現する」という強い意思が伝わってくる演奏。
方や「己の解釈で己の意図を表現しよう」という指揮者が注目されるようになってきたのは、戦後20年近くが経った60年代以降ならではの流れか。百花繚乱と言えば聞こえがいいかもしれないが、それぞれが勝手気儘に演奏する(させる)のをありがたがるかのような構図は、 当たればめっけもの的ないかがわしさを感じなくもない。
と云いながらもバイロイトの第九エンディングで、楽団も観客も制御不能の熱狂の大団円に至ってしまうあたり、生身の人間とはまことにおもしろい。このような全員本気のカタストロフィーは、めったにお目にかかるものではないだだろう。さすがのフルトベングラーもなすすべもなくのみ込まれてしまっている迫真のドキュメンタリーである。

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