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I ノーウェイヴの成り立ちと特徴
70年代パンクからの精神的影響を、自家中毒的に発展させて生まれた〈ポスト〉パンクがノーウェイヴ(NW)だ。〈偏執狂のやる無機質なロック〉との先入観が一般的だけど、これは引っかけ問題でもあるから赤線を引いておくように。本当は小難しそうな人間が照れ隠しでやる、倒錯した愛とユーモアで成り立つ人類の営為だったんだ。あるとき先生はアート・リンゼイに取材した。最後にお約束のサインをねだるため、彼が率いたDNAの81年作『A Taste Of DNA』(NWの名盤だね)を目の前に差し出したのさ。すると破顔しながらこう言うんだ、「実に保存状態がいい。私のは飼い猫に悪戯されキズだらけだよ」。あんな神経質そうなおじさんにだって甘酸っぱい青春があったんだね。
そのDNAにはイクエ・モリという日本人ドラマーがいたんだけど、彼女はバンドに入るまで楽器に触れたことがなかった。アートにしろ楽器音痴で、この世界にはそうした人間が多くいる。流石に次元が違うけど、ブライアン・イーノも非音楽家を公言してた。そのイーノがDNAやジェイムズ・チャンス、マーズらを集めて78年に一枚のコンピレーションを作る。NW史の萌芽『No New York』だ。ここに参加する、当時19歳だったティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークス(フリクションのレックがいたのは有名だね)のリディア・ランチは、ドキュメンタリー映画「キル・ユア・アイドル」のなかで、相変わらず不機嫌そうにこう述懐してるよ──「過去を参考にしなかった」。
なぜそうも〈音楽であること〉を否定するのか。すでにNYパンクも日常化していた時に、彼らは肉体でロックをやることの限界に気付いてしまっていたのさ。ヒップホップも間もなく胎動するわけだけど、NWの人間はガレージに放置されてたギターだけは捨てられずにいた。そういう、どこかしみったれたところもある連中からしてみれば、音楽そのものを捨て去る以外に、ロックを刷新する方法論を探せなかったんだろう。
80年代に入るとソニック・ユース、スワンズといった次世代の登場により、NWは第二幕を迎える。彼らの音の断片に暗澹と輝く廃頽の美は、まるで先達の足跡をマジックペンで塗り潰すようなものだった。だがそれは背信でもなんでもなく、NWの流儀に忠実な深いオマージュだったのさ。