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第34回 ─ 夜這わず太夫

連載
踏 切 次 第
公開
2008/10/02   00:00
更新
2008/10/02   17:47
ソース
『bounce』 303号(2008/9/25)
テキスト
文/次松 大助

次松大助が見つめる、とある町の日常──


  江戸時代。夜鳴きそば屋の主人、助八(仮名)が〈今日は早く店閉めて夜這いでもしてぇなぁちくしょうめ〉と思っていたところ、その日に限ってなかなか客足は途絶えない。しかし、午前1時に店を閉めれば夜這いにはまだ間に合う、そう考えていた午前0時50分、最後の客と入れ違いに女が一人御来店。

 「あのね、今日もう終いだからね」、女は聞く耳持たぬ様子でヴィトンの財布からゴールド・カードをちらり。「あのね、うちカード使えないからね」、聞こえぬ女、小判、ちらり。

 独身、親なし、長屋住まいとはいえ、雪が降れば店は出せず、雨が降れば客足の遠のく水物商売のうえ、先月の長雨のせいで、つい先ほど家主に頭を下げて来たばかりの助八は、十五以来唯一の青春としてきた夜這いを本日は渋々諦めて、女に酒を出した。

 ほっかむりのようなものをしていてよく顔は見えないが、大変仕立ての良い着物を着ており、袖の先から見える手の甲は絹のように白く細やかで、先週這った牛蒡の幹とは豆腐と草鞋ほどの差だ。これは、よほどの町人の娘か、武家のなかでも相当に由緒ある家の者か、そう見て取れた。

 女は、とくん、と酒を飲み干すと、干した茶碗をこれまた大変に品の良い位置に置いた。助八と女の間の、わずかに女に近いあたりに置かれた茶碗は、控えめながら無言のうちに、もう一杯、と示してあった。助八は幼少の頃より大変な助兵衛だったが、身のほどは善く弁えており、それはこの歳まで彼を夜這い師たらしめた技術、並びに護身でもあったため、助兵衛、黙って丁寧に酒を注いだ。女はすっと手を伸ばし、またとくんと呑んだ。しばしあって、女が何か言おうとしたのか顔を上げた途端、女の上体がぐわんと揺れ、一瞬持ち直したかに見えた次の瞬間、がたん、女がひっくり返っていた。打ち所が悪くてはいけないと思った助八は慌てて女に駆け寄ったがどこも打っていない様子で、女は気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべていた(以下省略)。

 ……この後、お察しのとおり助八はその女(実は吉原一の花魁だった)と情交を結ぶわけです。このことから、〈最初の目的を断念させた張本人が、最初の目的以上の褒美をもたらす〉ことを〈夜這わず太夫〉と言うようになりました。

 さて、前置きが長くなりましたが、8月末に町内会の〈打ち水会〉という催しが雨のため中止になったが、雨の影響で結局、気温が3℃も下がった、という出来事があって、〈あれ? こういうの故事とか格言で何て言うんだっけ……〉と考えたけど思い浮かばなくて、それで今回、故事をねつ造してみたんですが、なんか、故事というか、落語っぽくなりました。

今月のBGM

BOB DOROUGH
『Devil May Care』
 
Bethlehem(1956)
子供向けTV番組の曲とかも手掛けているので、何となくグッチ裕三さんぽいイメージを持って聴いています。ファニーな実力者というか。でもたまにびっくりするくらい適当な演奏もあって、本当にびっくりします。

PROFILE

次松大助
99年に大阪で結成されたスカ・バンド、The Miceteethのヴォーカリスト。バンドのアルバム『07』、ソロ・プロジェクトである箱のファースト・アルバム『long conte』が好評リリース中。現在は曲作りや練習に没頭する日々。その他の最新情報は〈www.miceteeth.net〉にて。