上田現が急逝して約半年。先日リリースされた2枚のアルバムは、いずれも彼の稀有な才能の証として聴かれるべきものだ。自宅スタジオのハード・ディスク内に遺されていた曲と、ELE(上田のソロ・バンド)のメンバーが持っていた未発表曲のライヴ音源を元に、志半ばで中断されていたレコーディングをLA-PPISCHとELEが引き継いで完成させたニュー・アルバム『Atlas』。そして彼に縁のあったミュージシャンたちが参加したトリビュート盤『Sirius~Tribute to UEDA GEN~』。どちらも根底にあるのは故人への深い愛情だ。
87年、バンド・ブーム真っ只中にデビューしたLA-PP-ISCHは、ポップな楽曲と破壊的なライヴ・パフォーマンスで瞬く間に人気者となった。ニューウェイヴの系譜に連なる独創的なアレンジ・センスは〈狂暴なトーキング・ヘッズ〉と呼ぶに相応しく、ギタリストの杉本恭一とキーボーディストの上田現という作風がまったく異なる2人のソングライターがシノギを削ることで、万華鏡のようなカラフルさと何層にもなるパワーを宿していた。インディー時代に前座を務めたことがあるフィッシュボーンや、サード・アルバム『KARAKURI HOUSE』のプロデュースを手掛けたトッド・ラングレンなどは、いまもLA-PPISCHを〈日本のフェイヴァリット・バンド〉としている。
ブライアン・フェリーやデヴィッド・ボウイを好んだ上田は自身の楽曲にも独特の美学を持ち、シュールな寓話性とやるせないロマンティシズムがその身上。勧善懲悪を嫌い、何が正解で何が不正解かは聴き手自身が決めることとして、不条理なストーリーもすべてそのまま提示した。ユーモラスで叙情的なロックンロールは、LA-PPISCHでMAGUMIが歌うことによって唯一無二の爆発力を持ち、ソロ作において上田本人が歌うと少しいびつな桃源郷を描く。旅と人と野球を愛し、負けず嫌いで凝り性で、物知りなのに屁理屈ばかり言っている、そんな人間味が彼の歌にはすべて表出していた。
2002年初夏、〈ソロに専念したい〉とバンドを脱退。インディー時代から楽曲提供をしていた元ちとせのメジャー・デビュー曲“ワダツミの木”(作詞作曲/プロデュースを担当)が大ヒットを記録し、メディアでクローズアップされる機会も増えたが、上田本人のスタンスは何も変わらずに、バンドを従えて〈百物語〉と名付けた演劇的なライヴをライフワークとしていた。楽曲提供やプロデュースの求めにも応じ続け、特に元ちとせの声が持つ時代を超越した神性は、彼が紡ぐ無国籍なおとぎ話的世界観と美しく溶け合うことに。
何年も前から〈今年こそは出す〉と言っていた5枚目のソロ・アルバム『Atlas』では、LA-PPISCH脱退後はミュージシャンを引退していた雪好もドラムを叩き、遺された愛娘もコーラスで参加している。上田現のソロを一度でも聴いたことがある人ならば、あの何にも似ていない音世界が踏襲され、再現されていることがわかるだろう。付属のDVDでは生前最後のライヴ映像も観ることができる。また、『Sirius~Tribute to UEDA GEN~』でLA-PPISCHがカヴァーした“ワダツミの木”では、故人との疑似共演も果たされた。病のために47歳で幕を降ろさざるを得なかったその生涯の意味、価値、理由――もうこの世にはいない人のかけがえのない作品たちが、こうして新しい出会いのもとでまた広がっていくことはとても嬉しい。
▼上田現が楽曲を提供した作品を一部紹介。
CORE OF SOULの2006年作『ONE LOVE, ONE DAY, ONE LIFE!』(EMI Music Japan)