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第405回 ─ BYRD GANG MONEY!

連載
NEW OPUSコラム
公開
2008/09/11   01:00
更新
2008/09/11   18:14
ソース
『bounce』 302号(2008/8/25)
テキスト
文/高橋 芳朗

人気ラッパーもトリコにした映画「アメリカン・ギャングスター」でクールにキメろ!


  70年代のハーレムに君臨した麻薬王、フランク・ルーカスの半生を、監督にリドリー・スコット、脚本はスティーヴン・ザイリアンというタッグで映画化するとなれば、どう転んだって退屈な内容になるわけがない。最高の素材を最高のスタッフが料理した映画「アメリカン・ギャングスター」は、R指定の犯罪ドラマとしては史上最高のオープニング記録を樹立、世界最大の映画データベース〈IMDb〉ではいまもなお8.0ポイントの高得点を維持していたりと、興行的にも批評的にも下馬評どおりの結果を残しているが、いわゆる王道的なギャング映画を期待して劇場に駆けつけた好事家にとっては(完成度の高さを認めながらも)多少もどかしい部分もあったようだ。

  まあ確かに、例えば〈ギャングと官憲の熾烈な戦い〉ということで「アンタッチャブル」あたりの、あるいは〈麻薬売買で財をなしたギャングの興亡〉ということで「スカーフェイス」あたりの映画をイメージして臨んだら、いまいち乗りきれないままエンドロールを迎えることにはなるかもしれない。これは好みの問題でもあるのだが、「アメリカン・ギャングスター」は一連の古典と比べるとスマートに洗練されていて、泥臭さみたいなものが希薄なのだ。そして、時として陰惨な暴力行為に及ぶこともあるものの、信仰に厚く家族思いな男として描かれるルーカスは善玉とも悪玉とも言い難く(これは演じ手のデンゼル・ワシントンの資質によるものでもある)、その賢明で冷静で計算高い人物像は、ギャングスターというよりもむしろ優秀なビジネスマンと表現したほうがしっくりくる。

 こうしたルーカスのキャラクターは、ワーカホリックであることを美徳とするような価値観が定着しつつあるUSヒップホップ業界のムードと実に相性が良い。本編にインスパイアされてアルバム『American Gangster』を制作したジェイ・Zにしても、〈勤勉な起業家のルーカス〉は〈ドラッグ・ディーラーのルーカス〉以上に自分を重ね合わせやすかっただろうし、それはジェイへの対抗心から『Harlem's American Gangster』を作ったディップセットの実質的な長=ジム・ジョーンズにとっても同じことが言えると思う。先頃「スカーフェイス」を地で行くような世界観で人気を博したリック・ロスが、かつて刑務官として働いていたことが発覚して大きなスキャンダルになったが、この一件が若いラッパーの心理に与える影響なども踏まえて考えると、10年後20年後のシーンでロールモデルになっているのは凶暴で破滅的なトニー・モンタナではなく、ヴェンチャー企業のワンマン社長を思わせるフランク・ルーカスなのかもしれない。