希代のエンターテイナーにして、ヒップホップの未来を担うラッパー、サイプレス上野の月刊連載! 日本語ラップへの深~い愛情を持つサイプレス上野と、この分野のオーソリティーとして知られるライター・東京ブロンクスの二人が、日本語ラップ名盤を肴にディープかつユルめのトークを繰り広げます。今回取り上げるのは、ECDのサード・アルバム『ホームシック』。ゲストにはライターの磯部涼氏が登場です。
●今月の名盤:ECD『ホームシック』
シーンきってのオールドスクーラー、ECDの3作目にしてエイベックス移籍後初のアルバム。TWIGYとYOU THE ROCK★をフィーチャーし、当時のアンダーグラウンドな日本語ラップ・シーンのアンセムとなった“MASS対CORE”など全10曲を収録。(bounce.com編集部)
ブロンクス 今日はこのコーナー始まって以来のゲストを呼んじゃってます。ECDに詳しいライターの磯部涼先生に遊びに来てもらいました!
磯部 俺も話すの? 何だか騙された気分だな。
上野 まぁまぁ、ビールでも飲みながら。
ブロンクス これ、やっぱり石黒(景太)*1さんのデザインがすごいね。良いパッケージだ。
*1 デザイナー。ECDの多くの作品を手がける。元キミドリとしても知られる。
磯部 でも石黒くんのその後のヒネリから考えると結構ベタだよね。だって〈ホームシック〉ってタイトルで電話してる絵だもん。
ブロンクス 確かに。
上野 石田さん(ECD)若いなあ。この時の石田さんっていくつだろう?
ブロンクス ……35歳! この時点で相当なベテランだね。
磯部 上野くんはこれを聴いてた当時はどんな感じだったの? 俺が司会しちゃってるけど(笑)。
上野 俺は中3の終わりくらいだったけど、この時点で石田さんは相当好きでしたよ。とりあえず、封入されてたステッカーがものすごい欲しかったから、3枚くらいアルバム買って。
ブロンクス マジで(笑)? CDの3枚買いしちゃってたの?
上野 サンプル盤をめちゃめちゃ安く売ってる中古屋があって、そこで買ってたんすよ。
磯部 そんなにこのステッカー集めてどうすんの?
上野 貼って自慢してましたよ(笑)。
ブロンクス ECD君シール。このキャラは次の『LIVE at SLITS』のジャケにも使われてましたよね。
ECDのライヴ・ミニ・アルバム『LIVE at SLITS』
磯部 『LIVE at SLITS』のジャケが、阿部(周平)くんのデザイン仕事のデビューだって言ってた。
ブロンクス イルドーザー*2だ!
*2 前述の石黒景太と阿部周平を中心としたデザイン・チーム。すでに解散。
上野 『ホームシック』の時点では、まだ石黒さんの単独仕事なんですね。しかし渋いっすよ。このアルバムは。
ブロンクス 渋谷系でも宇田川系でもなく、なんか中央線系みたいなイメージがあるね。
上野 これは“DO THE BOOGIE BACK”が入ってるんすよね。“今夜はブギーバック”のアンサー・ソング。
ブロンクス オザケンに聴かせたら一言「ダウナーですね」っていわれたらしい、伝説の曲(笑)。
磯部 この曲は北澤くん(KZA)と石黒君のラップの掛け合いがすごくいいよね。あとやっぱり、石田さんのラップもこのアルバムで変わったよね。フリーキーなフロウになったっていうか。当時の「ミュージックマガジン」の記事でインタビュアーが〈ラップが日本語としておかしくなっている〉みたいなことを言ってたんだけど、石田さんは〈これがリアリティなんだ〉みたいに話していて。それが印象的だった。
上野 確かに符割りとか妙なんですよね。昔の“漫画で爆笑だあ!”とかは結構わかりやすいし、笑える。
磯部 渋いスチャダラ、みたいな感じだった。でも、ここからリリックを放り出した。“いっそ感電死”とか全然意味わかんないもん。ラッパー的にはこれはどうなんですか?
上野 どうですかね……。でもラッパーとしては影響されてなかったかもしれない。言葉を詰め込んだ速いラップのやつとか、あとスチャダラっぽいやつとかは多かったけど、石田さんみたいな渋さのあるやつはいなかったなあ。
ブロンクス 石田さんは〈さんピン〉を主催してたし、日本語ラップ・ブームの真ん中にはいたけど、雰囲気はどう考えてもアウトサイダーだよね。
上野 年上だし、音楽的バックグラウンドを見ても普通のB-BOYではないっていうのもあったからかな。
磯部 でもこのアルバムに関しては割とみんな買ってたんじゃないかなあ。“MASS対CORE”も入ってるし。ECDのアルバムっていうだけじゃなくて日本語ラップ・シーンのアルバムって意味合いもあったと思う。
上野 やっぱり“MASS対CORE”はみんなリリックを暗記してるからなあ。軍歌っていうか(笑)、自分を鼓舞させるために聴く曲だった。
ブロンクス 俺にとっても、この時期の中ではベスト3に入る名曲だね。いいこと言ってるよ。これがメジャー配給じゃなかったら〈さんピン〉もなかったかもしれないよね。
上野 あの熱量はすごいですよね。〈さんピン〉のビデオの冒頭に、石田さんのタワレコでのインストア・イベントが入ってるじゃないですか。最初でいきなり音が止められちゃう。俺、あの場にいたんですよ。あのときのアカペラの“MASS対CORE”はハンパなかったですね。
ブロンクス あそこにもいたんだ。ぬかりないな~。
上野 あと、このアルバムはかなりアナログを切ってますよね。“DO THE BOOGIE BACK”は7インチで出して、“バイブレーション”と“MASS対CORE”も12インチで出してた。
ブロンクス よく覚えてるね(笑)。
上野 石田さんとシャカゾンビの、横浜でのインストア・イベントが中止になったことがあって、そのお詫びとしてテープが配られたんすよ。ツボイさんがひたすら『ホームシック』をぶった切ってめちゃくちゃにしてるっていう内容で。それが異常すぎて、高一の俺にはすごい衝撃だった(笑)。