次松大助が見つめる、とある町の日常──
夕方、橋を渡った向こうのマンションの一番高い避雷針を巡って、数羽のカラスが椅子取りゲームのようなことをして遊んでいる。留まっては追いやられ、追いやられては追いやって、そうこうしているうちに、随分遅い秋がやって来ました。
──きんたまは、半歩遅れて、歩みを停める。
奥さんが中学2年生の頃から飼い始めたヨークシャーテリア、本名は〈ジェーン〉と言い、みんなは〈じぇん〉とか〈じぇんこ〉と好き勝手に呼んでいました。結婚以前はよく実家に泊めて頂いてたので、夕方などにたびたび公園や町内を、じぇんこと奥さんと一緒に散歩したりしていました。それから数年経って、去年の夏の終わり頃に会うと、歳も歳なので眼球が白くなり、物はあまり見えていない様子でしたが、フローリングの床に爪が当たる〈かしかし〉という音を立てながらヨチヨチと歩き、よく壁に頭をぶつけながらも家の中をうろうろと歩いていました。歳をとったじぇんこがぴたっと立ち止まると、歳をとったじぇんこのきんたまは「いち、に」と遅れて揺れを収めます。それは何故か印象的なタイムラグで、映像としてはっきりと記憶に残っています。
昨年夏の段階で〈まぁ今年いっぱいだろう〉という暗黙の了解は為されていたのですが、その後奥さんの妊娠や出産があり、売れっ子アイドル並みに忙しい子育てがあり、ふとした瞬間にじぇんこのことを思い出すのですが、なんとなく聞くこともはばかられ、気がつくとまた夏が来て、また夏が終わろうとしていました。
じぇんこの訃報は不意の電話で知ることとなりました。奥さんが「子供を連れてそろそろ実家に泊まり掛けで行こうかと思う」という旨を母に伝え、乳幼児の犬に対する免疫は大丈夫だろうか、という相談をしたときに母の口から「実はね、」という形で告げられました。実は、昨年の12月の初め頃に亡くなったのだと言います(出産、育児への配慮からか、両親も言い出しにくかったのだろうと思います)。最後は寝たきりになって、母がカゴに入れて毛布をかけて一緒に寝てあげていたそうです。じぇんこが最後に目をつむる瞬間も母は看取ることが出来たらしく、寂しい思いをしなくて良かった、と奥さんが話していました。奥さんのじぇんこに対する深い愛情を知っているので、僕は最初、奥さんが取り乱すんじゃないだろうかと思って心配したのですが、とても落ち着いた様子で受け入れているように見えました。それはたぶん、出産や育児があり、抱きしめられる側から抱きしめる側になった奥さんの、尊い程の強さなのだろうと思いました。
今月のBGM
THE NEW MASTERSOUNDS
『Re::Mixed』
One Note/Pヴァイン
恥ずかしながら、この人たちのことを知りませんでした。これはいろんな人がリミックスしてるアルバムみたいなんですが、ぜひオリジナルも聴いてみたいと思いました。ファンク、なんですが、ギターのカッティングの音が温かくて、それだけでもすごく好きです。
PROFILE
次松大助
99年に大阪で結成されたオリジナル・スカ・バンド、The Miceteethのヴォーカリスト。バンドのニュー・アルバム『07』が好評を博すなか、ソロ・プロジェクトである箱のファースト・アルバムが11月21日にリリースされる。その他の詳細は〈www.miceteeth.net〉にて。