お馴染みディラン・フリークの2人が、若きディランのドキュメンタリー〈ドント・ルック・バック〉に触発されて、過去を振り返りまくってるぞ!!
珍しく都心の大型居酒屋店に居る2人。今日は大学の同窓会に出席しているようだ。何を思ったか、サングラスに革ジャンというお揃いのいでたちで登場した彼らを訝しそうに眺める同級生たち。誰もわからなかっただろうが、先日リリースされた「ドント・ルック・バック デラックス・エディション」(※1)を観たばかりで、単に映画のディラン・ルックを真似ていたのである。テーブルの隅に腰をおろし、チビチビと焼酎をすすりはじめた2人だった――。
シロー・ディラン(以下SD)「(小声で)おい、近くに座らなくていいのかよ? お前の元カノのジョーン・バエズちゃん(※2)がチラチラこっちを見てるけど……(実際は気の毒そうな目で見ている)」
ダイサク・ディラン(以下DD)「いいんだよ、別に。しかしなんなんだ、あのカリアゲヘアはよぉ。昔の長髪はどうしたんだ……。それはそうとお前は何回観た? 〈ドント・ルック・バック〉の特典ディスク(※3)」
SD「連続で5回。ライヴの曲が次々フルコーラス版で出てくるんだもの。たまらんよ」
DD「キレまくったフォーク・ソングを歌うディランが最高にカッコいいな。俺は〈ノー・ディレクション・ホーム〉って、この映画の続編だと思ってるんだけど」
SD「なるほど。これは65年春に撮られた映像だけど、数か月後、ディランはエレキを手に〈ニューポート・フォーク・フェスティヴァル〉のステージに立って、大混乱を引き起こしちゃうんだよな。超問題作〈ハイウェイ61〉リリースの少し手前だ」
DD「ディランのなかで物凄い変革が起きていた時期で、爆発する直前のヤバいディランが捉えられてる。ステージではフォーク・シンガーのイメージを纏ってたけど、オフショットでは完全にロックンローラーになってたね。記者とかおちょくりまくってて、やたらと反抗的。あのへんがこの映画の真骨頂だな。ディランの変化のスピードが速すぎてさ、世の中のシステムと合わなくなりつつあって軋轢が生まれはじめてるんだ」
SD「言うなれば、あれは卒業間近なディラン、だよな? 若い頃に観なきゃいけないでしょ、この作品は。尖りたがりな青い感性を刺激しまくる青春映画の傑作ですよ」
DD「〈本当のディラン〉になる寸前って感じなんだよなぁ。それとさ、ホテルの部屋でずっとピアノで作曲してたり、タイプライターで作詞しまくってたりと、爆発的な創作意欲を見せるディランが映し出されて。俺さ、いつも、動くディランを観たほうがアルバム聴くよりもずっといろんなことが伝わるはずだと思ってるんだよね」
SD「悶えるように創作に没頭する1人のアーティストを冷静な目で捉えるカメラがいいし、映像も実にシャープ。監督がD・A・ぺネベイカー(※4)だもんね。この時代はアメリカでインディー・フィルム・メイカーたち(※5)が続々と台頭してきたよね。ジョナス・メカス、ジョン・カサヴェテス、アンディ・ウォーホールらがエポックな作品を連発してた。〈ドント・ルック・バック〉はその系譜に置かれる作品で、映画ファンからも評価が高いしな」
DD「ただのライヴ・ドキュメンタリーじゃなくて、ロード・ムーヴィーに仕上がってるよな。〈ローリンする〉ってことが作品のテーマになってるし。車での移動のシーンが実に印象的だね。きっとジム・ジャームッシュなどにも影響を与えているはずだよ」
SD「そういえば、映画にはドノヴァン(※6)、アラン・プライス(※7)、それにニコ(※8)といった人たちも登場するね」
DD「ほらほら、あそこであぐらかいてる婦女子。昔はニコばりにいかれたジャンキー娘だったけど、随分と健康的なおばちゃんになったなぁ。どうやら二児(ニコ)の母らしいぜ」
SD「(遠い目をして〈時代は流れる〉を口ずさんでいる)……あ、そういや俺たち、8ミリ映画撮ったじゃん、〈サブタレニアン〉(※9)をパクったやつ」
DD「久々に思い出したぜ。国分寺のピンサロ通りをグリニッチ・ヴィレッジの裏通りに見立ててな。撮影中、ヤクザの兄ちゃんが〈オマエら、勝手に何撮ってんだ!〉って店から飛び出してきて。必死で逃げたね。ちょうどこの映画のなかのディランと同じ歳の頃だったな。懐かしいなぁ。どこに行ったんだろう、あのフィルム……」
SD「観たいねぇ。楽しい時代だった……」
〈どいつもこいつも出世がどうの、家のローンがどうのってしゃらくせえ話ばっかりしやがってよぉ!〉――酔っぱらって熱くなった2人は国分寺の飲み屋へ移動し(当然、二次会には誘われなかった)、朝まで6年間の大学生活を語り合ったのだった。この夜、元カノとの再会が目的だったダイサクが荒れ気味だったのをシローはまったく感づいていなかった。さて、その2人が作ったフィルムの行方だが、ダイサクが別れたジョーンの部屋に置きっぱなしにしてあり、とっくの昔にギターや部屋着などといっしょに捨てられていましたとさ(続く)。