タバコの煙がたちこめる京都の会場。ブリジット・セイント・ジョンは、フランスからやってきたコリーンや日本のムース・ヒル、そしてカマ・アイナの演奏に耳を傾けていた。そのあいだに、モクモクの煙がブリジットの喉に悪戯をしていたらしい。ブリジットの出番になって歌いはじめると、どうも高い音がかすれていて、初日の大阪で聞かせてくれた伸びやかな美声が発されてこない。ツアー一行の気持ちは、ライヴが進むにつれて少しずつ、キシキシとかたまっていってしまった。
ブリジットの喉はその日から日増しに悪化してゆき、ついには名古屋でほとんど掠れ声へと変わっていった。
「ごめんなさい、京都で声をなくしてしまったの」。ブリジットは名古屋の観客たちに詫びた。「ああ、もう年で声が出ないんだね」「アルバムと声が全然違って残念……」。そんな声が観客の無言の背中から聞こえてくるようで、わたしはとても悲しかった。公演を終えるとブリジットは「これがわたしの本当の声ってみんなが思わないでくれるといいのだけど」と舞台袖で嘆いた。
名古屋からツアー最終地の東京までは、2日間かけてゆっくり移動した。焼津の海に面した断崖絶壁に建つ長谷川美術館でモダンアートを鑑賞したり、山中湖近くのロッジで静かな夜をすごした。そのあいだに、ブリジットは声を少しづつ取り戻していった。
東京公演初日、ブリジットの喉はついに復活を遂げた。彼女を敬愛してやまないデヴェンドラ・バンハートの"The Body Breaks"、盟友ジョン・マーティンの"Back To Stay"などの名曲をのびやかに歌い遂げた。そして、9・11や湾岸戦争で動いた心を、美しいメロディーでなぞったブリジットのオリジナル曲たちが、〈フォーク・ミュージックは政治と個人的な事柄に線を引かないアート・フォーム〉だということをわたしに耳打ちした。
最終公演でブリジットは「あのころ、ニック・ドレイクとは苦労したものよ。二人ともヒドいレコード・レビューを書かれたり、私たちに興味のない観客のまえでヘッドライナーとして演奏しなきゃいけなかったりね」と言い、ニック・ドレイクの"One Of These Things First"を演奏した。もうこの世にいない英国フォークのプリンスが作った曲を、還暦を迎えたプリンセスが藍色の歌声で唄う。その美しき声の秋風を残して、ブリジットはニューヨークへと帰っていった。
PROFILE
青柳拓次
サウンド、ヴィジュアル、テキストを使い、世界中で制作を行うアート・アクティヴィスト。LITTLE CREATURESやDouble Famousに参加する他、KAMA AINAとしても活動している。青柳も参加する言葉のイヴェント〈BOOKWORM〉が12月17日、半年ぶりに開催。詳細は〈bookworm.typepad.jp/〉で。