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第12回 ─ 隣人と洗剤と明太子

連載
踏 切 次 第
公開
2006/11/22   23:00
更新
2007/11/08   17:29
ソース
『bounce』 281号(2006/10/25)
テキスト
文/次松 大助

次松大助が見つめる、とある町の日常──

 向かいの家のおっさんが植え木の手入れをしはじめてしばらくした頃、にわかに雨が降り出しました。庭に取り残されたアルミ製の脚立が、、雨に濡れてただじっと佇んでいました――。

 長いときで3、4時間、家の下に赤いバイクが二台停めてあって、辺りを見回しても誰もいないのですが、もう少しよく見てみると、柱の影に中年の郵便配達員が二人、気持ち良さそうに煙草を吸って仕事をさぼっている姿をよく見かけます。猫を怖がらせないのと同じように、僕は無関心を装い、なんとなく煙草を吸いながら歩き去ります。僕にとって郵便配達員は憧れの職業のひとつです。

 つい先日も、こんなところに路地があったのかと思うような細い道から赤いバイクに跨がった郵便配達員が出てきました。そんな抜け道を知っている人は、子供達と野良猫と郵便配達員ぐらいです。彼らにとってみればこの街は十分に広く魅力的で、かつ、やはり一様に退屈なのかもしれません。

 そして最近この街に、しかも僕の家の隣に引越してきた方がいました。

 昼過ぎ頃に〈ピンポン〉とチャイムが鳴ったので新聞の勧誘か何かだろうと思い、「はい」と少し子供のような声色で返事をし(こうすると、新聞の勧誘ならばそのまま「お父さんはいません」と断りやすいので)、様子を窺うと「隣に引越してきた○○ですが」と言われ、玄関を開けると、同世代ぐらいの男性が立っていました。丁寧に洗濯用洗剤まで戴き、律儀な方だなと思っていると、晩頃にはベランダ伝いに楽しげな男女の笑い声が聞こえてきました。同年代の人が隣に住むこと自体が僕にとって初めてのことなので、僕は勝手に嬉しくなって、なんだかようやく社会との繋がりが持てたような気持ちになりました。洗剤のお返しを何かしたいなと思っていた矢先に、福岡でライヴがあったので〈そうだ、明太子を買おう〉と思ってみたのですが、意外に高価で、しかも洗剤のお返しに生モノをあげるのも滑稽な気がして買わずじまいでした。

――梶井基次郎「檸檬」の話を思い出して、代わりに明太子を置いてはどうだろうと考えましたが、下品な冗談だと思い、うとうとと雨に濡れた脚立をただボーッと眺めていました。

今月のBGM

WALTER BISHOP JR.
『Coral Keys』
 
Black Jazz
全部持っているわけではないですが、シリーズのなかでいちばんよく聴くのはこの1枚です。これから冬なので、外出が減って、家で音楽を聴く機会が増えそうです。

PROFILE

次松大助
99年に大阪で結成されたオリジナル・スカ・バンド、The Miceteethのヴォーカリスト。音楽性の幅を拡げた最新作『CONSTANT MUSIC 2』では、次松の詞世界の深化にも大きな注目が集まった。ライヴ・スケジュールなどの最新情報は〈www.miceteeth.net〉まで。