JR新宿駅で終電近くの中央線に乗り込むとき、ひさびさに偶然出くわした学生時代の友人同士である二人。一人はタワレコ袋を片手に、もう一人は本を片手に持っている。10代の多感な時期にボブ・ディランの音楽と出会ってから常にディランを人生の教科書として生きてきた二人は、ディラン歴20年のディラン・フリークだ――。
ダイサク・ディラン(DD)「おう、ひさしぶり。何買ったの?」
シロー・ディラン(SD)「ディランの新作。我慢できなくて買う前に試聴機で一枚全部聴いちゃったけどね」
DD「俺もリリース日だった昨日、すぐに吉祥寺のタワレコに買いに行ったよ」
SD「前作(※1)から、もう5年ぐらい経ってるのかなあ」
DD「あのアルバムも〈アメリカン・ルーツ・ミュージック大百科〉って感じで相当かっこよかったけど、今回もその流れでメチャメチャかっこいいサウンドだよね。それにしても、デビュー前に古いスタイルに現代的な感覚や要素を織り込むっていう独自のスタイルを模索してたって自伝(※2)に書いてあったけど、今回も基本的にやってることは変わらんよな」
SD「タイトルも、やっぱチャップリンの映画(※3)から来てるのかねえ。機械文明を痛烈に批判するっていう」
DD「社会や経済システムの発展のスピードに人間が追いつけずに悲鳴を上げてるっていうね。若い頃もディランは服装やステージ・アクションなんか、かなりチャップリンに影響を受けてたからなあ」
SD「やっぱディランは道化なんでしょ」
DD「ひとつのメディアとして機能してるんだよね。〈ノー・ディレクション・ホーム〉(※4)で改めて60年代のディランを観たけど、あの頃から変わらずに、世の中のいろんな思いや出来事を整理整頓してわかりやすい言葉に置き換えるっていう作業をしてるんだよな」
SD「つまり、あの時代から常にジャーナリスティックな鋭い目と嗅覚を持った観察者だったわけだ」
DD「最近は喩え話、おとぎ話的っていうか、〈マンガ日本昔ばなし〉みたいで、ストーリテラーって感じだよな」
SD「じいさんになったんだよな。若いもんに、〈言いたかないけどさ〉って感じで。直接的に言うとアレだから喩え話で」
DD「オシム語録みたいなもんだよね」
SD「ポエティックで哲学的なところがね」
DD「ひねくれてるところもね」
SD「やっぱ今回も〈どんな気がする?〉って、聴いてる人に問いかけて終わりだもんな」
DD「そうそう、〈あとは自分で考えろよ〉と。そこもオシムの〈考えるサッカー〉と同じだよな」
SD「それにしても、40年経っても相変わらず現役感バリバリでホント絶倫だよな。ずうっと〈Like A Rolling Stone〉(※5)なんだよな」
DD「そういえば、この本(※6)も“Like A Rolling Stone”が生まれる前後の歴史的、音楽的背景をより詳細に描いてて、まるで曲が誕生する瞬間に立ち会ってるみたいにやたらと臨場感があって楽しめるよ」
SD「それだけ人を突き動かすエネルギーがあるってことだよな、あの曲には。そういえばみうらじゅんの本(※7)も出たな。日本のディラン・チルドレンたちとの呑み屋トークみたいな感じの対談をやってるんだけど、ディランはそれだけ呑み屋で語れるトピックが多いってことがよくわかる」
DD「スコセッシだって、“Like A Rolling Stone”が爆発する瞬間をハイライトにした、あんな長いドキュメンタリーをどうしても作りたかったわけだしな」
SD「みんな人生変わったんだろうな、この一曲で」
DD「オシムは〈走り続けろ〉って言うけど、ディランは〈転がり続けろ〉ってね。二人は同い年みたいだし」
SD「新作の最後の曲の歌詞が、〈世界の果てで〉ってところで終わるんだけど、やっぱまだ何かを求めてるんだな。〈最後の奥地〉っていう歌詞もディランならではのロマンティシズムだし」
DD「〈ボブ・ディランの頭のなか〉(※8)でも、〈ぼくはもうずっと前に、答えを探すことをやめてしまった〉っていうセリフがあったけど、やっぱり転がり続けること、漂い続けることこそが答えなんだってことなのかもしれないな」
SD「〈答えはね、友達よ。風に舞ってるわけよ〉。結局、ロマンティックなんだよな」
DD「それに、社会の現実を暴き出したり、男女関係の本質を暴露したりと、言葉は違えど60年代から言ってることが変わってない。本当のこととか真実を口にするのってものすごく体力がいることで疲れるはずなんだけど、どうしても言いたくなっちゃうんだろうね、この人は」
SD「でも言い続けられるっていうのはタフってことで、やっぱり絶倫なんだよな。……って、〈終点・高尾〉ってアナウンスしてるぞ!」
DD「しまった! 乗り越しちゃった!!」
……ということで、終電のなくなった終点〈東京の果て=最後の奥地〉で風に吹かれる二人にとって、ディランに〈どんな気がする?〉と問いかけられながら過ごす夜が始まった(続く)。