「すみません、この辺で事件がありましてね、背格好が似ているものですから……」「どこに行かれるんですか」「仕事は何ですか」「いやぁ、ドロボウが逃げているんですよ」
スーツ姿の警官二人に職務質問されながら、彼らの出で立ちをつぶさに見る。一人はオールバックで、もう一人はジャズのレスター・ボウイの様な銀ブチ眼鏡をかけている。そして、大きめな肩パットの入った80sイタリアン・テイストな背広の上下。
ヤクザが寄ってきたと思った。
二人と別れた後、シチリア音楽界の長老シコ・シモーネ爺を思い出した。2002年、わたしは島の音楽家たちを録音するプロジェクトの為、シチリアへ出掛けて行った。市民ホールに機材をセットして、彼らを招いたのだが、その音楽家たちの中に92歳のピアノ弾きシコがいた。彼のピアノは、老人の歩く足取りのように、途中で腰をのばしたりふと空を見上げる瞬間のような間をとりながら、優雅にため息をついていた。
シコには有名な逸話がある。映画監督のマーティン・スコセッシが「ゴッドファーザー」を撮影しに来ていたときのはなし。音楽担当のニーノ・ロータもその撮影に同行していた。彼らがホテルのラウンジ・バーでふと耳にしたのが、シコの弾くシチリアの古い民謡だった。その旋律こそ、後に、かの有名な「ゴッドファーザー」のテーマ曲の最も印象的な部分へと引用された〈メロディー〉だったそうな。
わたしたちが訪れた時も、シコは今だにホテルのラウンジで旅人を和ませていた。あの頃の彼は、携帯電話を使いこなしながら、あらゆる事を楽しんで生活していた。例えば、90代になってもマラソンに出場して賞を受けたり、自慢のワイン用ぶどう園を切り盛りしたり、はたまた島を訪れるカップルの結婚式を取り仕切りながら、同時に島のオーケストラを指揮したりもした。そう、とにかく元気に暮らしていたのだ。
数年して、シコが亡くなったというニュースをきく。元気な頃、シコが町を歩けば人々は挨拶をした。シチリア島の人々は、いつもの挨拶する相手が一人減った事を悲しく思っているだろう。
PROFILE
青柳拓次
サウンド、ヴィジュアル、テキストを使い、世界各地で制作を続けるアート・アクティヴィスト。LITTLE CREATURES、Double Famousの一員として活躍する他、KAMA AINA名義での新作『CLUB KAMA AINA』に続き、このたび高田漣らとの共演作『RAINBOW HAWAII』を発表したばかり。