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第6回 ─ 手嶌葵“テルーの唄”をチアー&ジャッジ

連載
菊地成孔のチアー&ジャッジ ―― 全ブロガー 参加型・批評実験ショー
公開
2006/06/29   21:00
更新
2006/06/30   01:11
テキスト
文/菊地 成孔

ご好評のうちに終了した〈CDは株券ではない〉に引き続きbounce.comでスタートした音楽批評実験〈菊地成孔のチアー&ジャッジ~全ブロガー参加型・批評実験ショー〉。菊地成孔が1つの楽曲に対し、〈大絶賛〉と〈酷評〉の2つの立場からまったくことなるレビューを書き、「その2つのどちらが優れているのか?」を読者の皆さんのトラックバックによって決める。という、ブロガー参加が前提の実験場です。今回はジブリ映画「ゲド戦記」のテーマ曲となっている手嶌葵“テルーの唄”を批評します。ぜひお気軽にご参加ください。

 さてワールドカップの応援のためにドイツに駆けつけておりました都合上、遅れに遅れておりました(ウソつけ!という気も起こさせない脱力掴み!)チアー&ジャッジ・タイムですがお待たせ致しました!ブラジルには兎の様にひねられてしまったけれど、アニメにワールドカップがあったなら100000×0で優勝だい!という訳で、今回は手嶌葵“テルーの唄”をチアー&ジャッジ!!

チアー菊地(以下「チ」)「ワタシは手嶌葵さんの“テルーの唄”をチアーします」

ジャッジ菊地(以下「ジ」)「ワタシは手嶌葵さんの“テルーの唄”をジャッジします」

「お互い正々堂々と紳士的にやりましょう」

「望むところであります。よろしくお願いします」

「えーとまず、アニメの話は無しにしましょう」

「どうして? 語るべき事が多すぎてワケわかんなくなるから?」

「それもあるけど……観てないからです!」

「公開前だもの。しょうがないよ」

「〈ハウルの動く城〉は試写観ましたよ。ジブリのムック本に原稿書く事になって。後にも先にもアニメの試写観たのはあれだけですが。久石譲の音楽性について〈これこそ真の意味での天皇感。天皇黒澤という呼称の後継する映画人は宮崎駿とこの人しか居ない〉とか書いて、抗議すらなく、黙殺されてしまった」

「そんなの仕方ないじゃない。でも“テルーの唄”というシングル単体の話に限定するのは無理なんじゃない?」

「いや。それこそワタシのチアー・ポイントです!」

「ル=グィンの話もダメ?」

「ぜんぜん要らないですよ」

「〈指輪物語〉や〈ナルニア国物語〉と〈ゲド戦記〉は〈世界3大ファンタジー〉と喧伝されてるけれど、書かれた年代によって社会的な暗喩が全く違うんだけど。〈ゲド戦記〉はカウンターカルチャー華やかなりし68年に始まってですな。簡単に言うと左翼思想発、エコロジー行き」

「そういうのはアニメ好きのファンタジー・マニアに任せて、我々は音楽の話をしましょう。だって実質上オリジナル脚本になるんだから。いつもの事じゃない」

「じゃあ、音楽の話をする上でどうしても必要な時だけにしよう」

「まあいいかな。ではどこがダメだか言って下さい」

「ジブリ側、特に宮崎吾朗氏の入れ込みほどにはカリスマ性を感じませんでした。〈萌え〉というの? 39歳である宮崎氏の個人的な嗜好と興奮はバリバリ伝わってきましたが」

「それは、それまでのジブリ調というか、父である駿氏の好みである異形の人もしくは前近代の人もしくは中年以上の女優。という派出なラインを前提にしているからじゃないの?」

「手嶌葵さんはそのラインでの大物だと思った訳ですよ。プロモ写真の顔つきといい、身長が170以上あるとか、マンガは読んだ事が無いとか、アーサー・ラッカムが好きとか、エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリディ、フレッド・アステアが好きとかさ。アーサー・ラッカムって、戦前までのグリム童話の挿絵描きだぞ。それにフレッド・アステアが好き。と公言する若い女性タレントにはヤバい人が多いのよ」

「相○勇だけだよ!」

「藤田○子もだよ!」

「スキャンダル女優掲示板みたいな事やめようよ!(笑)とにかく、期待外れだった訳ね」

「あくまで、〈異形の人として〉という意味でね。それこそシングル聴いただけの感想ですけど」