前にも後にも、車を見つけられない夜中。初めての沖縄演奏旅行で知り合った人と、ヤンバルを目指していた。会話をしながら彼は段々スピードを落としていく。「もしかして、空いている道を走っている時、気付くとゆっくり走ってる?」「そうですね」と彼。わたしもゆっくり車を走らせる事が好きだ。メーターを見ると時速30kmで走っている事だって珍しくない。
ゆっくり車を流すと地球の自転速度が緩まる。
そして、町の建物が溶けはじめる。
歌い手は、何処で歌えば自分が気分良く歌えるか知っている。わたしは車の運転席。目の前にはフロントガラスがある。だから、自分の声が大きく跳ね返ってきて、音程も取りやすい。その感覚を本番のレコーディングで得る為に、いつも部屋の角隅にマイクを立てて壁に向かって歌う。
わたしのカー・オーディオはスピーカー付きテレコ。これにカセットを入れて、助手席に置き、最大のヴォリュームにする。さほど大音量ではない。スピーカーは一つ、モノラル。このシステムで聞くのに最高なのは、やっぱり40~50年代のモノラル録音だ。街の喧噪が入ったムーンドッグの曲なんか、現実の音と混ざり合って、存在しない筈の音も浮かび上がってくる気がする。
台湾の監督エドワード・ヤンが手がけた「カップルズ」という映画がある。冒頭で若者たちが軽トラックに乗って夜を流すシーンが大好きだ。彼らは路駐してある知り合いのベンツを見つけると、突然そのドアに突っ込んでいく。そのベンツは趣味の悪いピンク色に塗られていて、彼らはその持ち主を嫌っていた。すぐさま彼らは逃げ去るのだが、わたしはその出来事に深く魅せられた。
ヴェトナムの禅僧ティク・ナット・ハン氏は、運転前にこう唱える。
〈車と私は一体、車が高速なら私も高速〉。
青柳拓次
サウンド、ヴィジュアル、テキストを使い、世界各地で制作を続けるアート・アクティヴィスト。LITTLE CREATURES、Double Famousのメンバーとして活躍する一方、ソロではKAMA AINAとしても活動中。Double Famousの新作『BRILLIANT COLORS』(スピードスター)