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第1回 ─ 意味はないが、理由はある

連載
踏 切 次 第
公開
2005/10/13   16:00
更新
2005/10/13   18:52
ソース
『bounce』 269号(2005/9/25)
テキスト
文/次松 大助

次松大助が見つめる、とある町の日常──

 この街のルールブックによると、〈スパゲティの麺を買うにはこの踏切を越えた先のスーパーに行かなければならず、もし玉子が欲しいなら線路沿いを真っ直ぐに、隣駅のスーパーに行かなければなりません。もし長い踏切に掴まったら、暇で寂しがり屋の警察官に、その自転車はあなたのものかと尋ねられるので、誠実に受け答えしなければなりません。彼らは、悪意はないが権力はある〉──意味はないが、理由はある──という現象。

 今日僕は線路沿い隣駅の、スーパー玉出に行きました。去年10月にこの街に引越してきたので、もうすぐ1年が経ちます。電車の音が少しうるさいですが、慣れてしまえば夜の暗さも星の数に裏返りました。瞬くのは恒星、瞬かないのは惑星。この間、科学館に行ってプラネタリウムを見て勉強したことのひとつです。この家に越して以来、夜の過ごし方が分からないので、ベランダに出て星を見ます。先に興味を持ったのは妻の方で、ある日宇宙に関する本を持って帰ってきました。僕もつられて読んでいるうちに、初めはなんとなく、次第にどんどんと熱心になっていき、191ページ目、カラスが鳴くより少し前、僕はすっかり恋に落ちました。彼女の名前はエウロパ。木星の四大衛星、イオ、ガニメデ、カリストに加わるひとつで、希薄な酸素の大気をもち、氷の下の海(塩水)には木星の引力による干満が起こり、その摩擦は少しの熱を起こします。それは原始的な生命の僅かな可能性を促し、そのことは僕を少しだけ幸福な気持ちにさせました。のうのうと生きている僕と淡々と生きているかもしれないエウロパの微生物。──意味はないが理由はある──という現象です。僕が生まれたのは、父という男性と母という女性があったからという連続の端末で、僕が幸福な気持ちになったのはエウロパが好きだからという理由で、当のエウロパには意志はありません。恋は小学校以来、一方通行だからです。しかし宮沢賢治のように北風にまで意味を探してしまったら、人はどんどん脆く不幸になっていく気がします。

 そういう訳で〈今日は踏切が閉まっていたので、線路沿いのスーパーに行くほうが安くつくと思い、玉出に行ってきました。スパゲティは諦めて下さい〉という無能な書き置き。……バイトならクビです。

 ──2008年、NASAはエウロパに向けて探査機を打ち上げる予定だそうです。とりあえず、2008年までの生きる理由が一つ増えた計算です。

次松大助
99年に大阪で結成されたオリジナル・スカ・バンド、The Miceteethのヴォーカリスト。日々の生活を静かに見つめた歌詞の魅力は最新作『from RAINBOW TOWN』(サブスタンス)に結実しています。さらなるThe Miceteeth情報は、〈www.miceteeth.net〉にてチェックを

今月のBGM


ROSTROPOVICH/BRITTEN
『Schubert Arpeggione Sonata』
 Decca
ピアノとチェロの、名手による名曲の名演です。〈ソナタ〉というのはソナタ形式の楽曲をひとつの楽章として含む、数楽章からなる楽曲のことで〈恋歌〉という意味はありません。もともとは〈鳴り響く〉という語義らしいです。