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連載/コラム

第8回 ─ 中西俊夫のニューウェイヴな世界 後半

連載: ミ ュ ー ジ カ ル・ジ ャ ー ニ ー

掲載: 2005年07月20日 20:00

更新: 2005年08月11日 20:52

文/丹羽 哲也

日本のニューウェイヴを確立したPLASTICS(結成25周年!)をはじめ、MELON、TYCOON TO$Hと70年代後半~80年代をとおして次々に刺激的な活動を繰り広げてきた中西俊夫。そんな彼がニュー・プロジェクト、PlasticSexとして始動! そこでbounce.comでは中西俊夫のレジェンダリーなキャリアを前後半にわたって総括します。新しいムーヴメントの生まれる瞬間にことごとく立ち会ってきた貴重なキャリアには、いまもなおフレッシュな発見があるはずです。では、後編のスタート!!

88年
MELON活動休止

「『Deep Cut』を作った後バンドでのライヴがイヤになっちゃって、ターンテーブル2台とレコードだけのDJツアーになっちゃうんだよ。やっぱりヒップホップの衝撃が激しすぎたね。〈なんだレコード2枚でいいんだ。画期的だ!〉って。でもそうなると(屋敷)豪太はやることがないからイヤになったんじゃないかな。次のアルバムのデモ・テープも作り始めたけど、豪太は〈ダメだ。できませーん〉って。それでもうMELONはできないってことになったんだよ」。

88年
The Wild Bunch『Friends And Countrymen』、ソニー傘下で12インチを主体にリリースする日本初のDJミュージック専門のレーベル=Major Forceがスタート、Tycoon Tosh & Terminator Troops『Copy 88』『Get Happy』

「Major Forceはレーベルを作ろうっていう話になって(藤原)ヒロシと(高木)完ちゃんに声かけてはじまったんだけど、ちょうどレコードが廃れはじめちゃった頃だったんだよね。CDにバーッと変わっちゃった時期で、各タイトルにつき2,000枚ぐらいしか売れなかったみたい。時代に逆行しちゃったね。音楽的にはMELONより Major Forceの音の方がロンドンで洗礼を受けたレアグルーヴの影響が出ている」。


Tycoon To$hの12インチ『China Syndrome』

89年
レニー・クラヴィッツ『Let Love Rule』、Tycoon Tosh & Terminator Troops『Guess What』、Tycoon To$h『China Syndrome』

「『China Syndrome』の中で何曲かハウスをやっているのは、僕じゃなくて工藤ちゃんの趣味。〈パラダイス・ガレージ〉に行ったのが大きかったんじゃないかな。僕も一緒に行ったけどあまり好きにはなれなかった。ゲイ・カルチャーだから居場所がなかったし。あれから僕はハウスがダメになっちゃったんだよ。“Country House”もひねっておちょくったって感じ(笑)。誰もハウスにカントリー入れなかったし、ライ・クーダーとか好きだったしね。このあたりからヒップホップに付随している粗雑で暴力的な部分がイヤになってきた。〈やっぱり朝からガンガンなのはつらいよねー〉って、(藤原)ヒロシも同じくらいの時期に(ヒップホップから)引けてっちゃう。ずーっと地道に黒人音楽を好きだったけど、アメリカで見たヒップホップが違いすぎていて、〈自分は黒人じゃない〉っていうことにようやく気がついたっていうこともある(笑)。でもNYでア・トライブ・コールド・クエストとかデ・ラ・ソウルとかも見てそれが“2 Mike Masters”みたいな曲に繋がっているんだと思う」。

89年
ソウルIIソウル『Club Classics Vol.One』、SEXY T.K.O.「Touch Me,Take Me」

「ヒップホップに飽きちゃったこともあって、なごむような歌ものをやり始めたんだよ。僕はもともと歌ものが好きで、軟弱とか言われながらもフィメール・ヴォーカルものもずっと聴いていたしね。向こうでも〈クワイエット・ストーム〉っていう歌物のFM番組が出てくる。(註:クワイエット・ストームは、NYのFM番組で、スロー、ミディアムの歌ものばかり流していた)。ソウルII ソウルとも偶然シンクロしていたのかもしれない。“Touch Me,Take Me”はエスター・バードっていう歌手の曲のカヴァーなんだけど、オリジナルを当時ロンドンから日本に来ていたドレッドのロイっていうDJがかけていたんだよ」。

90年
Major Forceのサブレーベルとして〈Down 2 Earth Recordings〉がスタート

「Major Forceからはハミ出しちゃうような〈なごみもの〉の音楽をリリースするレーベルを作ろうってことで〈Down 2 Earth〉を始めたんだよ。サイケデリックっていうテーマもどこかにあったね。〈90年代ってどこかが60年代とシンクロしてる〉って、細野さんが90年代になった時どこかで言ってたな。67、8年のサイケデリックな感覚って、僕はリアルタイムでは中学生で子供すぎてついていけなかったけど、その辺りの音楽を改めて聴き始めたりしたのってこの時期なんだよ。ビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』とかもよく聴いてた」。

91年
マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『Loveless』、マッシヴ・アタック『Blue Lines』、Natural Calamity『Down In The Valley』、レニー・クラヴィッツ『Mama Said』

「Natural Calamityとかの60年代っぽい音の録り方に関しては、レニクラ(レニー・クラヴィッツ)のおかげだね。レニクラというか、ああいう昔のアビー・ロード的な音を作っていた張本人はエンジニアのヘンリー・ハーシュなんだけど。ちょうど僕らもツルツルした音に飽き飽きしちゃってた頃で、あの音に影響を受けて、なるべくアナログアナログに持っていくようになった。ただNatural Calamityをプロデュースした時にモリモリ(註:森俊二/Natural Calamityの中心人物)には、〈ちゃんとヒップホップを経たリズム・トラック作りをしなよ〉とサジェスチョンしたんだ」。

92年
ヤン富田『Music For Astro Age』、Natural Calamity『Let It Come Down』、Group Of Gods『Group Of Gods』
 
「Group Of GodsはWater Melonの延長線上にあるエキゾチックものだね。今LITTLE TEMPOでやっている玄ちゃん(註:田村玄一/ヤン富田とタイニー・エキゾチカ・ボーイズというバンドを組んでいたこともある)のスティール・ギターを聞いて感銘を受けたんだよ。すごく可能性のある楽器だなと思って。それとバリのガムランを合わせるとどうなるのかな?っていう実験だったね。バリでレコーディングまでやったのはあの時が初めて。ガムランは以前にもMELONの“Terimakashe”とかでも取り入れたりしてる」。
 
92年
中西俊夫、工藤昌之、それぞれ家族とともにロンドンに移住

「ロンドンに行くことにしたのは音楽的な理由もあるけど、それはさほど大きなものじゃない。決めたのはチカだね。豪太が先に行ってたこともあるし、子供の教育のこととかも絡んでいたんだと思う。僕はわりと流されるままで、重大な決心とかできないタイプなんだよね」。

92年
Mo' Waxがスタート。オーナーのジェームズ・ラヴェルや、プロデューサー/エンジニアで、Pussy Footのオーナーでもあるハウィー・Bと知り合う。知り合った当時は2人ともまだレーベルを始動させていなかった

「ロンドンに行ってジェームズ・ラヴェルとハウィー・Bと出会ったことは大きかったね。ジェームズはレコード屋の〈オネスト・ジョンズ〉に行ったら彼が働いていて当時まだ18歳ぐらいだった。ジェームズはMajor Forceのコレクターで日本人を見ると〈Major Forceのレコード持っていたら買うよ〉って声かけてたみたい。それで〈本人だけど〉って言ったらびっくりしちゃって。それから仲良くなって、Mo' Waxの中でMajor Force Westをスタートさせてもらうことにもなった。ハウィー・Bは共通の友だちがいて、彼女から紹介されたんだと思う。ハウィーの始めたPussy Footでは、僕は専属のイラストレーターみたいになっちゃった。彼はすごく器用な人で、ちゃんとエンジニアリングのことも学んでいて、音響系とかだけじゃなくロックとかも録れる人だったね」。

93年
DJシャドウ「In/Flux」、Mo' Wax傘下でMajor Force Westがスタート

「Major Force Westはかなり実験的なことをやろうと思っていたレーベルだね。けっこうSkylabともリンクしているところもあると思うんだけど、Major Force Westの93年から97年までの作品を改めて聴くと、ボーダーレスでいろいろなことをやっている。ロックあり、歌ものあり、サイケデリックあり、インド音楽ありという感じで……。まあ、ロンドンにいた時はとりあえず毎日何かレコーディングしていたんだよ。スタジオに行ってずーっと作っているんだけど、自発的なもので初めは何になるかわかんないものも多かった。〈ヒマだから録っとこう〉みたいな(笑)」。

93年
ビョーク『Debut』

「ネリー(・フーパー)がプロデュースをしたこのアルバムを、彼は真っ先にアセテート盤で持ってきてくれた。レス・バクスター風の“Come to Me”を〈好きなんじゃない?〉って。僕に一番最初に聴かせたかったらしくて」。

94年
Mo' Wax Vs Major Force「Time Has Come」『HEADZ』、ポーティヘッド『Dummy』、UK発のアブストラクトなブレイクビーツ音楽が〈トリップ・ホップ〉と括られブームになっていった

「僕はポーティスヘッドとか全然わかんなかったんだよね。工藤ちゃんは好きだったけど。ロンドンにいた時はジミ・ヘンドリックスとかマイペースで自分の好きな音楽を聴いていて、ナウなものはあまり聴いてなかったな。レニクラもサード・アルバムで僕はダメになっちゃった。(マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとSkylabの合作曲について)その辺はマット(・デュカス)がああいうの好きなんだよね。僕はあんまり聴いたことないからわかんない。ソニック・ユースぐらいまではついていけたけど。マッシヴ・アタックも全然聴いてなかった」。

94年
Skylab『#1』(註:スカイラブは中西、工藤、マット・デュカス、ハウィー・Bのユニット)

「マットはもともとアーティスト=絵描きで謎の人だったんだけど、僕らが元バウ・ワウ・ワウのアナベラをプロデュースしてる前後に、ハウィー・Bが連れてきたんだと思う。話してみたら現代音楽とか電子音楽の変なレコードをいっぱい持っていて、音楽知識もすごく豊富で意気投合したんだよ。マットがひょんなことからアルバム・ディールを取ってきて、Skylabという名前(註:アメリカNASAが打ち上げた有人宇宙ステーション)と〈ノールール〉っていうことは決まっていて、〈あとは勝手にやってくれ〉っていう話で彼とのコラボレーションがスタートした。始めた当初マットは音楽的に何もできなかったけど、いい感じの触媒人間だったね」。

95年
Tosh & Silver Arks『Cleopatra & Noah's Ark』

97年
Water Melon『Out Of Body Experience』(註:この時期のWater Melonはシャーデーのアンドリュー・ヘイルとのユニット構成)「Out Of Body Sessions」(註:復活したシルヴァー・アップルズにリミックスを依頼)、Melon『新宿ブレードランナー』(註:未発表曲を多数収めた初期Melonのベスト)、Mo' WaxからオリジナルMajor Forceのボックスがリリース

「Major Forceのボックスはジェームズ(・ラヴェル)が〈出したい出したい〉って言うから〈じゃあいいよ〉って。僕は全然引けてたっていうか他人事みたいな感じだった。しかもインストばっかだし〈そんなの、みんな欲しいの?〉って思っていた」。

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