――前回の原稿で菊地さんが「90年代のリヴァイバルがもう始まっているのか?」と書かれていましたよね。それで、調べてみたら去年から今年にかけて90年代の楽曲カヴァーが結構出てきているんですよ。松浦亜弥“渡良瀬橋”、EXILE“Choo Choo Train”、中島美嘉“接吻”なんかがそうなんです。まだ数は全然少ないんですけど。
ブーム自体が釣りみたいなもんじゃないかな。餌を投げて、かかるかかからないか、っていう。だからこれは、数は少ないけれど〈投げかけた人たちがいた〉という記録である、と言うことはできる。松浦亜弥の“渡良瀬橋”は知らなかったんだけど、彼女がシングルを出すときにはかなりの関門があるでしょう。数多くのコンペもあるわけだし。でも、その関門があるにも関わらず“渡良瀬橋”をプッシュした人が確実にいたわけでしょ。
――それはどういう人が仕掛けたんでしょうか?
俺は今41歳なんだけど、音楽業界にいる同じような年齢の人がポジション的にどこにいるのかっていうのが重要なわけ。俺は41歳でまだタレントなわけだ。家庭人としては子供もいない。でも、レコード会社の中で40代だったらまあ子供がいて管理職である程度の権限をもっているでしょう。A&Rをやっていたりする。前回書いたんだけど、80年代を回帰させようとしているのは俺と同世代の、しかもあまり考えのない、勢いのいい人たちだと思うわけ(笑)。そこにはシンパサイズありますよ(笑)。
でもね、この森高のカヴァーは俺と同世代が「森高がまた聴きたい」と思ってやっているのか、90年代を引きずったままのもっと若い世代、つまり〈90年代ノットデッド〉世代がやっているのかの判断がつかないんだよ。あるいはそうじゃない謎の世代、ジェネレーションXというのがいて、そのジェネレーションXが90年代ノットデッドとは全く別のメンタリティでもって非常にクールな判断で仕掛けているんじゃないのか、という推測もできる。ここに俺と同世代の〈いい調子の80年代リヴァイバル派〉を入れて三派になるね。
――自分はまさに90年代ノットデッド派です。
悪いけど、その層は敗走がもう決まっちゃってるよね(笑)。これからは当然90年代に思い入れがない人が先導していくわけだから、追いやられるわけでしょ。でも、セカンド・サマー・オブ・ラヴを体験した人たちは一生自分のコンセプトを変えないんだと思うよ。俺はファースト・サマー・オブ・ラヴを経験したおかげで、〈一生ヒッピー〉みたいな人たちを佃煮にして売るほど見てるからさ(笑)。だから「セカンド・サマー・オブ・ラヴは楽しかったなぁ」っていう人たちも、今後は潜伏しつつサード・サマー・オブ・ラヴをじっと待ってんだよ(笑)。
それで、これまで「流行は20年周期」って言われてたよね。80年代には60年代が流行ったし、90年代には70年代が流行った。それで10年前が一番ダサいって言われてたわけだよ。90年代に80年代を持ってくるのはダサかった。でも、“渡良瀬橋”はちょうど10年前なわけだ。人間の文化が急速に加速化して、10年で既に懐かしいという現象が気分として来ているわけだよ。
――じゃあ、これまでにあった「10年前はダサい」という価値観はどうなるんでしょうかね。
俺はファッション誌でも連載を持っているんだけど、ファッション・ショーの音楽は今80年代ニュー・ウェイヴが圧倒的に多いんだよ。デュラン・デュランをかけていれば安泰という時代。それでこの間、ディオールの男性版がショーの音楽にベックを起用して、90年代をぶつけて来たんだよ。それがね、突出したヒットになったの。すごい象徴的だったんだけど、「10年前はダサい」という価値観と「10年前はダサくない」という価値観が今まさにせめぎ合っている。せめぎ合いの時代だということは言えるんじゃないかな。
未だに10年前は嫌で“Choo Choo Train”を聴いて「うわ、10年前じゃん」って言う人もいると思う。でも事実上20周年周期はもう崩れて10年周期が来ていると見ていいでしょう。90年代ノットデッド派と、安泰のリヴァイバル派と、冷静な分析によってノスタルジーが10年周期に縮まったと判断してビジネスするジェネレーションX、その3つのバランスによって来年以降の〈90年代リヴァイバル〉が変わってくるんだと思うよ。
俺が一番わかんないのは、この国は景気が良いのか悪いのかなんだよ(笑)。ちょっと前までは不景気っていうことで意見が統一していたわけでしょ。デフレも宣言されたし、「この国にはお金がありません」というのがコモンセンスだったわけだからさ。その上でのグランジだったし、手作りのレイヴが流行ったわけじゃない。それが今は景気が良いと思っている人もいるんだよ。実際に今の東京は景気が悪いようには見えないよね。ブランドショップはバンバン建っているしさ。高いものも売れている。じゃあこの状況が日本経済新聞的に見てどういうことなのかと。みんなわかんなくなっているわけでしょ。
良いと思っている人は80年代が帰ってくると思っている人で、その人たちは経済状況じゃなくて文化状況で景気が良いと判断している。悪いと思っている人たちは景気が悪かった時代に青春を過ごした〈90年代ノットデッド〉な人たちだよね。それぞれが、景気が良い・悪いというのをストリート感覚で――経済学的な意味じゃなくどっちかを心に決めて生活しているんじゃないかと思うんだ。ある人たちは景気の悪い時代は終わったと思っている。でもある人たちは景気が悪いと信じ込んでいる。そういう二極化が起こっているわけで、それが来年音楽にどう反映してくるのかが凄く興味のあることなんだよね。
この特別インタビューの補完ヴァージョン、「04年年末対談を終えて~iPodは生涯プロファイリングではない~」もお見逃しなく!
インタビュー中のシングル・チャートは、オリコン株式会社より発売されたムック「Best of oricon」のデータを使用しました。こちらのムックはタワーレコードをはじめとする全国のCDショップ、書店にて販売中です。
▼菊地成孔関連作品を紹介