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第13回 ─ 輸入権の〈これまで〉と〈これから〉

連載
デジタルミュージックガイド
公開
2004/07/29   13:00
更新
2004/08/05   20:02
ソース
『bounce』 999号(0/0/0)
テキスト
文/津田 大介

インターネット上を中心に話題が広がり、多くのレコード店やライヴハウスで署名運動が行われるなど、音楽好きが集まる場所では必ずと言っていいほど話題にされてきた〈輸入権〉。「輸入CDをこれまで通り手に入れることが難しくなる」というイメージのみで語られがちなこの問題を、もういちど改めて考え、見直してみよう。

 「輸入盤がCDショップの店頭から消える……!?」

 今年の3月頃、そんな疑問がネット上のさまざまなサイトで取り上げられるようになった。これがいわゆる〈輸入権問題〉だ。

 そもそも輸入権問題とはどういうものか? 簡単に言うと、日本のレコード会社を保護するために、政府が著作権法を改定して、〈レコード会社にとって不利益な〉輸入盤を日本に入ってこないようにストップすることができるようにする、というものだ。今年の6月3日に国会でこの改定法案は成立。来年1月1日から〈レコード会社に輸入盤の輸入を禁止する権利〉が与えられることになる。

 なぜ音楽業界は政府に「輸入権を作ってくれ」と頼んだのか? その背景にはアジア圏(中国、台湾、韓国など)で安く販売されているJ-POPのCD(海賊盤ではなく正規盤として現地生産されたもの)が、最近日本に〈逆輸入〉されて安い値段で販売されているということがある。音楽業界は、こうした逆輸入CD(還流盤)が増えると、日本で売られている国内盤のCDが売れなくなってしまい、アーティストに不利益が出てしまうと説明している。国内盤が発売されているJ-POPの還流盤を法律で輸入禁止にできれば、国内アーティストやレコード会社の利益を守れるし、物価の安いアジア圏にJ-POPのCDを積極的に売っていくことも可能になる。このような考えから、音楽業界が政治家に対して要望を出したのだ。

 中国は物価水準が低く、海賊盤が横行していることもあって、正規盤としてJ-POPのCDを発売する場合、400~500円程度の価格で販売せざるを得ない。それが日本に逆輸入されて1,000円程度で販売されると、消費者が国内盤を買ってくれなくなるという恐れが音楽業界にはある。そう、あくまでレコード会社の狙いは、物価の安い中国などから逆輸入される〈還流盤〉のみ。タワーレコードやHMVなどのCDショップに並んでいる洋楽輸入盤については関係ない……はずだった。

 ところが、法案の成立過程で「どうやら違うようだぞ」ということが明らかになってきたのだ。当然、輸入盤を購入している洋楽ファンは「話が違うじゃないか」と激しく怒った。そこでインターネットを中心にこの問題に火がついたのだ。

 だが、一体なぜこのような事態になってしまったのだろうか? いろいろ複雑な事情はあるのだが、ごく簡単に言うと、ある商品の輸入規制を法律で行う場合、国内だけでなく海外からの輸入品も同じように扱わなければならないという国際ルールがあり、それを守るために日本のレコード会社がはじめに想定していた「アジアからの還流盤だけを禁止する」という条文の法律を作れなかったのだ。結果的にそれが洋楽の輸入盤CDも規制する可能性を持つ法改正を招いてしまった。

 では、洋楽の輸入盤が規制されるというのはどんなケースで起きうるのだろうか? レコード会社の中には、東芝EMIやワーナー、ユニバーサルなど海外に親会社を持つ会社がある。輸入権が成立したことで、そうした親会社が輸入盤を日本に入れないように権利を行使して、洋楽は価格の高い国内盤だけにする、ということが理論上可能になったのだ。国内盤の洋楽CDは価格が高いので、同じ枚数売れれば輸入盤が同じ数だけ売れるよりも利益は高くなる。利益が高くなるなら彼らは輸入権を利用して輸入盤を排除するかもしれない、ということだ。

 だけど普通に考えてみれば、欧米にある親会社が輸入権を行使して、価格の高い国内盤しか日本市場に流通させないようにしたら、輸入盤を買っていた人が国内盤を買うようになるとは思えない。輸入盤が売れてるのは価格が国内盤より安くて買いやすいからだ。価格が高くなれば必然的に販売枚数は減るだろう。その意味で、輸入権が成立したらすぐに日本のCD屋から輸入盤がなくなるということは考えにくい。

 だが、業界に権利を与えるということは常にそれが行使される可能性を持つということでもある。例えば、欧米の親会社が実験的に日米どちらでも売れる人気アーティストの商品を国内盤のみの発売にして、彼らの利益が増大したとしよう。そうなったら彼らにとって輸入権は日本市場をコントロールするための有効な武器となる。自由市場であるがゆえに成長してきた日本の洋楽文化が、輸入権によって形を変えてしまうかもしれないのだ。

 確かに目的は還流盤防止かもしれないが、輸入権は本来の目的以外のところで、法律が変な利用のされ方をしてしまう危険性を抱えることでもある。下手すりゃ、これのせいで日本に入ってくる音楽の絶対量が少なくなってしまうかもしれないのだ。世界一多様な音楽にアクセスできる日本の音楽シーンにとって、これは死活問題。そんな重要な問題なのに、国会では大した議論もされず成立されてしまった。このことに対して音楽ファンはもっと怒ってもいいはずだ。

 法案成立後どのように還流盤も含めた輸入盤が規制されるのか、具体的なルールはまだ決まっていない。音楽ファンの懸念が杞憂で済むように、僕らは今後この法律がどのように運用されていくのか、輸入盤を扱うショップや、レコード会社の動向を十分注視していく必要がある。

輸入権問題をもっと深く知るためのリンク
タワーレコードとHMVによる共同声明(PDF)
facethemusic
私たち音楽関係者は、著作権法改定による輸入CD規制に反対します
The Trembling of a Leaf
私たちは海外盤CD輸入制限に反対しつづける

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