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第14回 ─ 夢いっぱい!〈妖精系〉女性シンガー

連載
鈴木惣一朗の貝がらラジオ
公開
2004/06/24   12:00
更新
2004/06/24   20:13
ソース
『bounce』 254号(2004/5/25)
テキスト
文/鈴木 惣一朗

まるで童話の世界から聞こえてくるような、ドリーミーな歌声。妖精たちの囁きに耳を傾けてみませんか?

みなさん、こんにちは。「貝がらラジオ」のお時間です。今回はいろんなタイプが存在する女性シンガーを、森に棲む〈妖精〉というイメージで切り取って紹介していきたいと思います。なんで僕がそうしたイメージに興味を持つようになったのかというと、昔見つけた妖精の写真集がきっかけ。後でそこに写っている妖精は紙で出来た作り物だということがわかったのですが、僕はずいぶん長い間、それをホンモノだと思い込んでいて、当時は興奮して知り合いに見せて回ったほどでした(笑)。でもこうしたファンタジーを信じる力というのは、まさに音楽にも通じるもの。そして、そのファンタジックな世界をそのまま音楽で表現するアーティストは女性のほうが多い気がします。たとえばイギリスのフォーク・シンガー、アン・ブリッグス。バート・ヤンシュにも大きな影響を与えた彼女ですが、セカンド・アルバム『The Time Has Come』の邦題は、ずばり〈森の妖精〉でした。本作はそのバート・ヤンシュとの交流から生まれた、彼女ならではの歌の世界が堪能できる名盤です。では本作より“Sadman's Song”(邦題:夢の国より)をお聴きください――(1)


(1) ANNE BRIGGS 『The Time Has Come』 Re-wind(1971)
彼女はギター1本で弾き語るのはもとより、アカペラのナンバーも多くて、ブリティッシュ・トラッド・ソングのプリミティヴな側面を情感豊かに表現していました。どこか儚げな存在感も、〈妖精系〉シンガーらしい雰囲気を醸し出していると思います。

僕の大好きなシンガーのひとり、ヴァシュティ・バニアン。最近彼女が元モデルだということを知ってビックリしました。もしかしたら、マリアンヌ・フェイスフルのフォーク路線がヒットしたことを受けて、〈ヒップな女性がフォークを歌う〉というブームのなかでデビューしたのかもしれません。そんな彼女が残した唯一のアルバムが『Just Another Diamond Day』。プロデュースを担当したのはニック・ドレイクやドノヴァンでもお馴染みのジョー・ボイド。彼はいかにもイギリス風のファンタジー感を生み出す能力に長けた人でした。彼の手掛けた作品には必ずといっていいほど参加しているロバート・カービーのストリングス・アレンジも素晴らしいですね。残念ながらヴァシュティはこれ一枚を残して音楽活動を止めてしまうのですが、ここ数年彼女に対する再評価は高まってきていて、ピアノ・マジックの最新アルバム『The Troubled Sleep Of Piano Magic』では久しぶりに歌声を聴かせてくれたり、最近ではなんと新作を制作しているというウワサもあって気になるところです。では『Just Another Diamond Day』から“Glow Worms”をどうぞ――(2)

(2) VASHTI BUNYAN 『Just Another Diamond Day』 Spinney(1970)
この曲は以前、WORLD STANDARDでカヴァーしました。本作で歌われている自然は、アメリカのそれとは違って、イギリスならではの箱庭世界で、インティメイトな心地良さがあるんです。ぜひ一度ライヴを観てみたいアーティストですね

ポール・マッカートニーに認められてアップルからデビューしたメアリー・ホプキン。彼女のことをポールに推薦したのはツィギーでした。そしてメアリーはポールの全面プロデュースのもとでリリースされた“Those Were The Days”がヒットして華々しいスタートを切るのですが、彼女には本来の自分を表現したいという葛藤があった。というのもアップルからデビューする前にウェールズ語で統一されたアルバムをリリースしていた彼女は、ポールが思う以上に〈アーティスト〉だったんですね。そんな彼女はビートルズの〈お人形〉になることを嫌って、次第にアップルから離れていきます。そのキッカケとなったのがアップルからの2作目『Earth Song』でした。ではそのアルバムから“Silver Birch”を聴いてください――(4)

(4) MARY HOPKIN 『Earth Song』 Apple(1971)
この曲は彼女のエコロジー観を反映させたナンバー。本作では公私共にパートナーだったトニー・ヴィスコンティをプロデューサーに迎えるなどして、自分の世界を見つけています。一見地味なアルバムですが、彼女を知るうえでマストな作品ではないでしょうか。

80年代に入って登場したヴァージニア・アストレイは、当時YMOがミカドとともに気に入っていたアーティスト。ミカドは細野(晴臣)さんが、ヴァージニアは教授(坂本龍一)がアルバム制作に関わるようになります。テクノロジーを駆使したサウンドで最先端を走っていたYMOが、ヴァージニアやミカドのように楚々としたアコースティックなサウンドに惹かれていく構図が僕には興味深かったのですが、でも僕自身、ヴァージニアやベン・ワットを聴いてホッとした覚えがあります。ではヴァージニアのデビュー作『From Gardens Where We Feel Secure』からタイトル曲を聴いてください――(3)

(3) VIRGINIA ASTLEY 『From Gardens Where We Feel Secure』 Rough Trade(1983)
花で埋められたジャケットも美しい本作はピアノを主体に作られていて、時折フルートやチェロ、鐘の音や小鳥の囀りが聞こえてくる室内楽的なサウンド。アン・ブリッグスが〈森の妖精〉だとしたら、ヴァージニアは〈泉の妖精〉?

そして、今年に入って登場したジョアンナ・ニューサムはドラッグ・シティから登場したハープの弾き語りシンガー・ソングライター。ニューウェイヴが吹き荒れた後に登場したヴァージニアと音響派の後に登場したジョアンナとは立場が少し似ているような気もします。でも光に溢れたヴァージニアに比べて、ジョアンナには光と影がある。残酷さと甘さが共存しているのです。ではそんな彼女のアルバム『The Milk-Eyed Mender』から“Bridges And Balloons”をどうぞ――(5)

(5) JOANNA NEWSOM 『The Milk-Eyed Mender』 Drag City(2004)
ユニコーンなんかが登場する彼女の歌は、童話の世界そのもの。彼女を気に入っているボニー“プリンス”ビリーには、そんな彼女のガーリーなセンスがビザールなものに映っているのかも。でもそういったテイストがオルタナ感とリンクしている気がします。

彼女たち〈妖精系〉女性シンガーがイギリスに多いのは、まず妖精伝説の本場であり、歴史のある島国から生まれた心地良い閉鎖性があるからかもしれません。彼女たちの特徴を僕なりにまとめると、フェロモン不要、音数は少なく、川や小鳥といった自然をテーマに歌い、ノスタルジックなものを追求しつつも、どこか未来への憧れも感じさせて……。でも、こういうガーリーな世界への慈しみは誰にでもあるような気がします。それは小さい頃はみんなが持っていたもの。そんな世界を再発見できるのが〈妖精系〉シンガーの歌なのではないでしょうか……というわけで今月はここまで。来月もお楽しみに!

鈴木惣一朗

WORLD STANDARDやRAMなどで活躍、エレクトロニカからルーツ・ミュージックまで幅広い音楽性を披露する音楽家。身近な名盤を紹介した「ワールド・スタンダード・ロック」など著作も手掛け、その活動は多岐に渡る。現在、8月中旬にリリース予定の湯川潮音のミニ・アルバムを全面プロデュースしている最中とのこと。本人いわく「J-Pop初(?)の女性アシッド・フォーク・アルバム(?)。ご期待ください!」。新たな妖精シンガーの誕生か!?

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