オシャレな大人(ジャズ/ソウル)に憧れた子供(ロック)の思春期〈AOR〉。そのソフト&メロウな世界を覗いてみれば……
ゴロニャーゴ。みなさん、こんにちは。〈貝がらラジオ〉のお時間です。第7貝は〈AORメンズ5(ファイヴ)〉ということで、僕の好きな5人のAORメンを紹介したいと思います。たとえば60年にロックが生まれたと仮定して、70年代の終わりにはロックも思春期。ロックと共に育ってきた僕も、その頃はアイビーに銀ぶち眼鏡というファッションでした。そこにやって来たのが、太いパンツの裾を折り返して麻のシャツに麻のジャケット、みたいなヨーロピアン・ファッション・ブーム。で、上京したばかりの僕もさっそく西武に行って、ヨーロピアンへ変身!(笑) そんな、みんながオシャレになっていった時期、77~79年に、日本では〈ソフト&メロウ〉なんてキャッチコピーでシティー・ミュージックが紹介され、〈AOR〉(アダルト・オリエンテッド・ロック)という言葉も登場したんですね。ロックにジャズやソウルのエッセンスを採り入れたAORサウンドを聴きながら、〈ロックも大人になっていくんだ……〉なんて思ったりして。そんな時、先陣をきったアーティストのひとりがジェイムズ・テイラーでした。では彼の『Gorilla』から“Gorilla”をお聴きください――(1)
(1)JAMES TAYLOR 『Gorilla』 Warner Bros.(1975)
本作は、ビル・ウィザースやカーティス・メイフィールドといったニュー・ソウル勢やラテン・ミュージックなんかから影響を受けたもの。当時、カーリー・サイモンという垢抜けた女性と付き合うなかで、自分の土臭い音楽性を都会的で洗練されたものにしていったんですね。
カントリー・ライフからシティー・ライフへ。この時代になるとウッドストックみたいな田舎を離れ、NYみたいな大都市で生活し、お金を稼ぐことがヒップなことになってくるんですね。それって60年代とまったく逆のことなんですが、リスナーもみんな長い髪を切って就職していく。ヒッピーからヤッピーへ。そんな社会の移り変わりを体現していたジェイムズ・テイラーは、60年代のシンガー・ソングライターがAOR化していく橋渡し的存在でした。やがて、AORの象徴ともいえるアーティストが登場します。彼の名はマイケル・フランクス。彼がその後のAORの道を作っていくのです。ではアルバム『Tiger In The Rain』から、“Sanpaku”をどうぞ――(2)
(2)MICHAEL FRANKS 『Tiger In The Rain』 Warner Bros.(1979)
マイケル・フランクスの本職は大学教授。でも、本作ではジョン・サイモンをプロデュースに招いたりするような〈通〉な人でした。当時彼のライヴを観に行ったんですが、観客は女性ファンばかり。ロックのライヴとは全然違う雰囲気に驚かされたものです。
マイケル・フランクスはトミー・リピューマやデオダートといった腕利き職人たちとも仕事をしてて、彼を聴くようになってから、自然とジャズ系ミュージシャンのピープル・トゥリーが気になるようになりました。そうえいばその頃、野島君っていうAOR友だちがいて、彼と部屋でAORの話をするわけですよ。その時はもちろん部屋は間接照明。麦茶をブランデーにみたてて、グラスをこう揺すりながら、「やっぱりリピューマが関わってるヤツは全部当たりだな~」とか言ったりして(笑)。浜松の勉強部屋で、気分はもうマンハッタン(笑)! とにかくこのAORが持つ大人な〈成熟感〉はロック全体に影響を与えて、やがてAORにロックは呑み込まれてしまうのです。デュアン・オールマンなんかとスワンプ・ロックをやっていたボズ・スキャッグスもそのひとりでした。では彼の代表作『Down Two Then Left』より“Hollywood”をお聴きください――(3)
(3)BOZ SCAGGS 『Down Two Then Left』 Sony(1977)
このアルバムにはちょっとデジタルっぽいところがあって、ほのかにニューウェイヴなんです。シンセ・ドラムが無意味に鳴ってたりする(笑)。AORにシンセ・ドラム、それって要するにYMO!? バックにTOTOが入ってるのも、本作の新しさを感じさせるところですね。
なんともいえないフェロモンからくる〈アニキ〉ぶりがカッコいいボズ。本作の前に『Silk Degrees』というアルバムがあるんですが、そこでアニキは、海辺にナオンをはべらせて、メロウなグルーヴでうっとりさせたりしてる。その風景は18歳の若造にはたまらんものがあったわけですよ。「アニキついていきますぜ!」みたいな(笑)。そんなボズと同じ〈アニキ系〉なのがロバート・パーマー。リトル・フィートを従えてシーンに登場した彼は、最初からスーツを着ていてロック・ミュージシャンとしてはありえない感じ(笑)でした。ではスーツとリムジンが似合う伊達男、ロバート・パーマーの『Double Fun』から、“Night People”をどうぞ――(4)
(4)ROBERT PALMER 『Double Fun』 Island(1978)
“Night People”はアラン・トゥーサンのカヴァー曲なんですが、トゥーサン自身もアレンジで参加しています。そんなわけで本作では、ニューオーリンズの土臭さと都会的なセンスが絶妙に溶け合っている。この感覚を日本にスライドさせると細野(晴臣)さんになるんです。
さて、最後にご紹介するのは〈AORの心のオアシス〉、スティーヴン・ビショップ。彼は俳優のダスティン・ホフマンに顔が似てて、それで好きになりました。チビでモテないロマンティストのニューヨーカー――ホフマンがいかにも演じそうなそんな〈役柄〉が、ビショップにもピッタリハマりそう。もともと彼はソングライターとして注目された人で、僕もアート・ガーファンクルの曲を通して知ったんですが、そういう面でブリル・ビルディングの系譜にある人なんです。では彼のセカンド・アルバム『Bish』から、“Recognized”をお聴きください――(5)
(5)STEPHEN BISHOP 『Bish』 MCA(1978)
本作はコンセプト・アルバムみたいなトータリティーがあって、ニルソン的な雰囲気も感じさせます。なんだか架空の景色や物語を想像させるような――といっても、基本的にフラれる話なんでしょうけどね(笑)。ホフマンがもし音楽をやってたら、こんな歌を歌ってたのかも。
AORの持つ映画的な世界、カーステで聴きながら物語に酔う、このコンサヴァな感覚が、80年代ポップスへと受け継がれていきます。そういった流れのなかで、今回紹介した5人はそこにいく手前で踏みとどまっていて、そのギリギリな感じが良いんです。そういえばAORってなんだかトレンディー・ドラマっぽい。シンガー・ソングライター時代の屈託が「ふぞろいの林檎たち」なら、そこから「男女7人夏物語」へ移行したのがAORっていえるかもしれません。うーん、複雑。というわけで今月はここまで。また来月もお楽しみに~。
鈴木惣一朗
WORLD STANDARDとして活動するかたわら、最近では、青柳拓次、高田漣、伊藤ゴローらと新バンド、RAMを結成するなど、エレクトロニカからルーツ・ミュージックまで幅広い音楽性を発揮する音楽家。身近な名盤を紹介した「ワールド・スタンダード・ロック」など著作も手掛け、その活動は多岐に渡る。10月13日にはRAMのアルバム・リリースを記念して、東京・青山CAYにてライヴを開催。